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小鹿田の坂本茂木さんが亡くなられました。訃報に接し、小鹿田の一つの時代が終了したとの思いが頭をよぎります。久野恵一さん、柳瀬朝夫さん、そして坂本茂木さんと次々に旅立たれ,寂しさ、悲…

通常お店で召し上がっていただいているかに寿しや駅等で販売しているものは、通年紅ずわいガニを使っていて、夏の時期は冷凍のカニを使うようですが、2月中のほんの一ヶ月だけ、脱皮後の柔らか…

今年11月19日から12月4日まで、たくみ工藝店が90周年、たくみ割烹がちょうど60周年になります。 それを記念して、かってのメニューに存在していた「ジャージャーうどん」をこの期間…

九月に入っていよいよ底引き漁が本格的に始まりました。その代表格は何といっても赤カレイです。卵を持っているので、どうしても煮付が料理の中では一番シンプルで美味しいです。 煮付け以外で…

山陰地方では飛び魚のことを「アゴ」といいます。 アゴの胸ビレが発達していることから、そういわれているそうですが定かではありません。 日本海に広く分布しているのですが、山陰沖のものが…

鳥取県中部で育てている東伯豚は柔らかく甘味があって人気があります。 そのヒレ肉も美味しいのはもちろんですが、今回は甘酢とゆずごしょうで作った特製のあんをかけます。甘酢とゆずこしょう…

山形県銅町で作られていた羽広鉄瓶をご紹介します。 この羽広鉄瓶は柳宗悦の「手仕事の日本」、雑誌「工藝」で紹介され、宗悦は「形に大いに特色があり、・・・地方的な鉄瓶として最も出色のも…

黒マグロの日本の漁獲枠が来年からかなり広がるようで飲食関係の面々にとっては朗報です。 その黒マグロの幼魚をヨコワといいますが、カツオ同様、身が柔らかいので少し火で炙ってたたきにして…

9月に入り底引き漁が始まり、10月になると本格的なシーズンが始まりました。 その代表格が赤カレイです。他にもハタハタ、タラ、甘エビ、もさエビといろいろありますが、やはり少し甘めに醤…

寿司ネタなどで人気のサーモンを、鳥取でも3ヶ所で養殖を始めました。海が近く新鮮な海水が手に入りやすい環境で育てるため、評判が良いようです。その一つ境港の養殖サーモンをお刺身で。

今、山陰では穴子漁が盛んに行われています。 50㎝くらいの筒に鰯などのえさを1㎝くらいに切って入れて、夕方海に放りこみ、翌朝早朝に回収する漁法です。 江戸前の穴子は20㎝~30㎝弱…

河井寬次郎については、昔の物今の物(56)、(57)でご紹介させて頂きましたが、本項では筆者の私的な話をさせて頂きたく、この紙面をお借りすることをお許し下さい。 昔の物今の物(56…

鳥取県のブランド牛「鳥取和牛オレイン55」のバラ肉をふんだんに使った牛丼です。 熱々のごはんの上にゆでたキャベツをのせて、シンプルに日本酒、醤油、砂糖と胡椒のみできざんだ玉ねぎとい…

牛寿司は、空港やデパート向けに10年以上前に開発した寿しめしを使ったもので、上に鳥取和牛を使ったしぐれ煮をのせました。 米も鳥取産のコシヒカリで、酢飯の上に鳥取砂丘らっきょうをちり…

9月の底引漁が始まる夏の時期は、山陰では煮付用や唐揚に目板鰈や紋がれいが主に登場します。 冬の赤かれいとは違って磯の香りが強く身もしまっていて美味しいものです。 今回は唐揚にしてポ…

手仕事フォーラムのブログに原田マハ著「リーチ先生」(集英社文庫)の紹介がありました。小説ですから、フィクションの部分もありますが、リーチの年譜にほぼ沿った形で物語が進められており、…

この6月中旬から7月にかけて一番旬を向かえるのがあごです。この一年を通じてこの時期しか漁れません。 あごは大きく分けると2種類あって、丸あごと角あごと地元では云われています。角あご…

たくみ割烹の牛丼は開店以来ずっと人気のメニュ-です。〇〇屋の牛丼とは違い鳥取和牛(オレイン55)と玉ねぎをたっぷり使い、濃口醤油、日本酒、砂糖のみで仕上げたシンプルな丼です。

木工芸の人間国宝黒田辰秋をご紹介します。 黒田は明治37年に塗師の父亀吉の六男として京都に生まれました。当時、漆塗りの世界は分業制で木地屋(この中でも挽物、指物等分かれます),塗師…

たくみ割烹といえば鳥取和牛(オレイン牛)をごまダレで食べる「すすぎ鍋」が有名でよく知られていますが、実は豚肉も美味しいと評判なのです。しかも鳥取県の中部から西部に広がる地域で育てら…

9月に入りジリジリ強い夏の陽射しが少し柔らぐと、山陰の海ではいよいよ紅ずわいガニの解禁です。 特に環境は全国一の漁獲高を誇り、この時期は真っ赤なカニで市場は埋まります。

恵比須と大黒とは自在鉤を吊り下げるための木製の鉤を言います。自在掛または空鉤とも言います。 自在鉤は囲炉裏、竈の上に吊り下げて、それに掛けた鍋、釜等と火の距離を自由に調節出来るよう…

ここのところ白いかの不漁が伝えられやきもきしておりましたが、この時期にきてようやく本格的に漁れはじめたみたいです。 もっとも、いかの不漁は鳥取だけでなく全国的なもので、特に北海道函…

栃木県益子は東京から最も近い窯場です。車で約2時間で行くことが出来ます。今でも盛んに焼き物が作られ、関東の一大産地と言ってよいでしょう。しかし、東京在住者にとって、最も身近な窯場に…

「Rainbow Leaf」の定番製品『ヒッチーグラス(小)』。「ヒッチー」は沖縄の方言で「しょうちゅう」を意味する
山陰地方では1月から4月にかけてナメラフグ漁が最盛期をむかえます。

フォーラムのメンバーであればだれでも知っている坂本浩二君は、小鹿田焼を代表する陶工の一人です。フォーラム創成期に、久野さんから力のある作り手で大物づくりに良いものがあるからと言われ…

この冬も大寒をむかえ、一年の内で一番冷え込む季節がやってまいりました。この時期、最も味が深まってくるのが、あんこうやタラ、クエといった比較的深い海に居すわる魚です。 今回はその「あ…

秋も終わりに近ずくと脂ののった魚を味噌漬にして焼くとこくもあり、少しこげたみその風味が食をそそります。今回は京都の白もそとみりん、しょうゆに漬けて(3日~1週間)焼いた西京焼です。

筆者が手しごとの品に興味を持つようになってから、すでに40年以上の月日が経過しました。この間、様々な手しごとを見、また購入してきましたが、その中にはすでに作られなくなってしまった品…
秋から冬への底引きの主役は赤かれい(鳥取では本かれいと云います)なのですが、夏場のかれいは紋かれいか目板かれいが中心になります。
柳宗悦の妻、兼子さんが作ったみそ入りカレーと、 バーナード・リーチが昭和10年に鳥取に来た折り、 女学校の生徒達に教えたみそが隠し味のカレーをヒントに、 10年程前からみそ煮込みカ…

ガラスの類では大きな部類になる八寸の鉢 私は今まで潤さんのつくるものに知性を強く感じていた だが今回、この鉢には知性にプラスして 素直さを目に感じ取り、手に取ったのだ

今回は和牛の中でもラムという部分で一番油分が少なく、おしりの中央、あまり動かない部分です。 従ってくせが無くカロリーも少ないので女性にも大変人気があります。 しかも赤身が90%以上…

九州薩摩の焼物は文禄・慶長の役で、島津義弘によって、朝鮮から連れてこられた陶工によって、始められました。薩摩の三カ所に着船した陶工がそれぞれ窯を開き、その流れが現在の苗代川、龍門司…

昭和27年、かって私の祖父が3年間研究して、鳥取の特産物である松葉ガニを冬以外にも美味しく食べられる様にと作ったのが松葉ガニを使ったかに寿しです。 その後、鳥取の国鉄(JR)の駅弁…

小鹿田の坂本浩二君の大壺をご紹介します。坂本浩二君は、手仕事フォーラムの皆さんには言わずと知れた小鹿田の今、そして今後を担う陶工です。君づけで呼ばせて頂くのは失礼かもしれませんが、…
以前から竹を採るところを見てみたいと思っていて、松山で竹細工をしている 西原さんにお願いして同行させていただきました。10月半ばを過ぎた頃でした。 竹を伐るのはだいたい9月から12…
砂地の多い鳥取の漁場は、ヒラメ、カレイといった底物がよく漁れます。

加賀市橋立は、北陸自動車道片山津ICから海岸に向けて車を7分ほど走ると、南北に大聖寺往来と呼ぶ旧街道が日本海に向かい、海岸道と交わる西側の丘陵地に橋立があります。 橋立集落は海から…

日本最古の温泉とされる道後温泉。 三階建ての木造建築の屋上には振鷺閣(しんろかく)と呼ばれる 太鼓を設置した小部屋があります。昔は時を告げる為に太鼓を鳴らして いたそうですが、現在…
白身で春が一番美味とされる真鯛と、柔らかさと甘みで口の中が満たされる今が旬の新玉ねぎのムニエルです。

ウインザーチエアーをご紹介します。 ウインザーチエアーは、英国バークシャー州の土地の名前に端を発する椅子の総称です。その起源は定かではありませんが、18世紀頃に多くの棒を背に立てた…
(詳細はkuno×kuno vol.67 vol.81をご参照下さい)

大山のふもとで育て、エサの中にハーブを入れ込み育てた鶏のモモ肉をミンチにしました。 それをあたり鉢でよく練り込み、その中に種をはずしてたたいた梅干と細切れにした切り餅、 玉子、生姜…
夏にはそのさっぱりとした味が好まれ、 冷たい氷水でサッと洗って身をしめた“鱸のあらい”が好まれますが、 冬でもその食感は活かしたいものです。 身が淡泊なため…

和時計とは、江戸時代に日本で製造された機械式時計です。ご存じの通り、日本では明治5年まで月の周期を基準とした太陰暦を使用してきました。この太陰暦に合わせて時刻を表示する機械時計とし…

有松の町並みは、北側に藍染川の通称で呼ばれる手越川が流れ、河岸に沿ってなだらかに曲がった東海道に面し800mの区域に絞商の大規模な商家と職人住居や作業所の建物が混在して独特な雰囲気…
食欲の秋と申しますが、 丼でも、ガツンと食べごたえがある鳥取和牛を使ったものと、 今が旬の、なめこと鳥取名産白ねぎの三杯酢を添えました。

手仕事及び民藝において、抹茶碗はどのような位置づけにあるのでしょうか。 雑誌「工藝」第五、六七及び七七号において、柳宗悦は民藝における抹茶碗について論じています。そこには「喜左右衛…
7月も中旬にさしかかり梅雨明けもそろそろと思いますが、それにしても全国35℃越えで暑い日が続きます。 こんな時には栄養価が高く、美味 しい魚と云えばニョロニョロコンビの鱧(はも)と…

「昔の物 今の物」の連載も、足かけ10年100回を迎えました。久野さんと供に全国を巡り、今後の手仕事の参考となる物を集め、将来は参考館を作ろうとの意図で昔の物、今の物を問わず、健康…

地球環境問題は今、多くの人々の関心を集め環境の保護や自然との共生が話題になることが多く、環境にやさしい暮らしを模索する動きも活発になっています。持続可能というサスティナブルという言…

愛媛県松山市より南西へ約50キロにある大洲市。 この大洲盆地を流れる肱川沿いに懸け造り(かけづくり)と呼ばれる 日本特有の構造建築が3件もあることを最近知り、とても興味深かったので…

鈴木繁男さんについては、久野さんの別項でその人となりが詳細に紹介されています。久野さんが民藝の師と仰ぎ、多くの教えを受けた人物として、忘れてはならない人です。民藝に対する心構え、物…
4月にはいって山陰沖ではカニやカレイの季節が終わり、いよいよ春の魚が市場をにぎわしてきました。 サヨリ、メバル、甲イカなどですが、その中にあって6月まで一番中心になるのがアゴ(飛び…

(つづき) 3.大分県(小鹿田焼) 小鹿田に行く前日、日田の町に泊まった。小鹿田には宿は一軒しかないが、日田にはいくつか宿がある。 ***

昨年末に初めて九州(佐賀・熊本・大分・福岡)を旅しました。 目的は大きく二つあり、一つは民藝の教科書「うつわ」に載っている九州の窯元を巡ること、もう一つは個人的に気になる料理教室に…

本項NO,21、22で小鹿田の優れた工人として坂本茂木さんと柳瀬朝夫さんをご紹介しました。小鹿田の優れた工人をご紹介した以上、その兄窯である小石原の優れた工人もご紹介しないわけには…

伝統的な技法から生まれたものには、使われる目的が明確なものが多いですが、元々の用途を超えて、使う側が生活の中でどの様に使うか工夫して楽しむことが出来るものがあります。逆に製作側も、…
日本海沖は強風とふぶきで嵐の様ですが、この時期になるとずわいがに(松葉ガニ)が最も美味しくなってきます。 松葉ガニは現在漁れていないので、一枚が2万円ぐらいまで値上がりします。 そ…

質実剛健、という言葉が当てはまる鉢である。 縁を入れても7寸ほどの、さほど大きな鉢ではないが、見た目にはどっしりと安定感がある。しかし決して肉厚ではない。無駄な贅肉はなく、硬く引き…

新年第一回の本項では、華やかに赤繪をご紹介します。 沖縄民藝陶器の現代の流れは、金城次郎さん、新垣栄三郎さんそして小橋川永昌(二代目仁王)さん(以下敬称略)の三人の功績によるものと…

昨年、鎌倉もやい工藝で行われた「小鹿田焼の会」に、初日の開店時間に行きました。 すぐに選んだものが3点ほどありました。 小壷に茶碗、鉢です。 いきいきとして、美しく見えました。 も…

苗代川は鹿児島の焼き物です。鹿児島の焼き物は、ご存じの通り文禄・慶長の役で朝鮮から連れてこられた陶工によって始められました。これらの陶工は鹿児島の三カ所の港に着船しました。串木野に…
高松市の東北に位置する屋島山麓に、四国の各地から古い民家を移築して復原した 民家博物館があります。博物館といっても山の傾斜を利用した野外にあり、 鳥のさえずりや紅葉した木々を楽しみ…

益子の佐久間藤太郎さんは、ご存じの通り、濱田庄司がイギリス留学から帰国して益子に入り、最初に寄寓した窯元です。二人は年齢も近く、濱田は旧来からの益子の窯元の援助、藤太郎さんは新しい…
一般的にムニエルと言えば元はもちろんフランス料理で舌平目とか鯛とか鱸(スズキ)とかが主ですが、これが今、旬を迎える赤カレイでも皮がパリッと焼けて中身は柔らかく魚の旨味も充分に有り大…

小鹿田焼が手仕事の模範となる窯で、歴史に名を残す名工を輩出してきたことは手仕事フォーラムの皆さんにはすでにご承知のところと思います。これらの名工は、伝統を承継しながら個性あふれる名…

沖縄・北窯の宮城正享工房でつくられた6寸鉢です。 宮城正享工房というと筒の中に化粧土を入れて唐草などを施す「いっちん」模様が有名ですが、こちらは外側は白掛けのみ、縁に鉄釉が施され、…

金屋町は慶長16年(1611)前田利長により招かれた鋳物師のより鋳物作業場(吹場)を建設したことから始まります。鋳物は火を使う職種であり火事を起こしやすいため、江戸時代拝領地とする…

春慶をご紹介します。 春慶塗りとは、檜等の生地に透き漆を塗って仕上げた製品を言います。日本三大春慶として飛騨高山、粟野、能代が挙げられます。能代は現在生産されておらず、粟野もただ一…

数年前、鎌倉もやい工藝での手仕事逸品の会で、小鹿田焼の切立の鉢がでたことがありました。 サイズは尺で、飴釉に抜き飛びカンナがほどこされてます。 陶工が抜き飛びカンナをはじめた頃のも…
この8月、山陰では50cm~70cm くらいの鰆がよく漁れます。魚へんに春と書くので春が旬と思われがちですが、初夏から秋にかけて一番脂がのってうまい魚です。
「民藝の教科書」の取材に同行し、 沖縄を久野さんと一緒に回らせていただいたことがあります。 上焼や荒焼の様々な窯元、再生ガラスでつくるガラス工房、沖縄特有の形を生み出す竹細工と。

瀬戸の日用雑器をご紹介します。 柳宗悦はその著書「手仕事の日本」で日本各地の手仕事を紹介しています。この著書により、それぞれの土地の気候、風土、歴史に根ざした手仕事が存在することを…

金城次郎さんは、ご存じの通り、人間国宝に認定された沖縄を代表する職人です。その代表的モチーフが線彫りの魚紋でしょう。壺屋時代、読谷時代を通して彫られてきました。線彫りで表現された魚…
松山市より南西へ車で約2時間。四国カルスト高原の麓に西予市野村町があります。
4月24日から5月6日まで開かれたざまざまな鳥取民藝の企画の中で、食べる民藝と称して1日10食限定でシュリンプカレーを提供しました。このカレーは鳥取の民藝の父・吉田璋也の元に昭和の…

信州上田郊外の染屋で作られていた水甕です。 染屋焼は江戸中期に愛知県の常滑の職人の指導で始められたと言われています。そして、昭和の初めに閉窯されました。無釉薬焼き締めの焼き物で、陶…
熊野本宮大社の入口から歩いて数分、国道に面して茶房「靖」の看板を掲げたお店があり、正面の窓越しにガラスの器が見えます。

九頭竜川、竹田川右岸に沿って三国の町並みが続いています。川の等高線に沿って蛇行して造られた道沿いにかつての船問屋、船主の商家が並んでいます。商家は間口4間から5間が多く、みせ、ざし…

小田原城箱根口の近く、箱根駅伝の際には小田原中継所で賑わう国道1号線沿いに小田原の桶屋「桶辰」はある。明治の初めの頃から三代続く桶屋である。2013年10月にも手仕事フォーラムのメ…

盤とは平面状の様子を現します。碁盤、将棋盤、定盤等すべて上面が平面のものです。陶磁器における盤も平面状の器を現します。中国の青銅器の時代から足付きの盤が作られ、その後、陶磁器にも足…

先日4月7日、桜の花びらが舞う中松山・ROSAの門田さんの案内で内子を散策。

日本海に面し、九頭竜川と竹田川が合流する河口に三国があります。近世から港町として開かれ、海上輸送が最盛期を迎えた江戸時代に北前船の寄港地として繁栄しました。
新潟県で作られる特異な見た目の編組品、"メッカイ"。元は塵取りとして作られた日用品であり農具ですが、使用目的の幅は意外に広いそう。畑仕事の時の篩(フルイ)として…

さる2月8日、私がもっとも信頼する同業者であり、40年にわたって友情を温めてきた盛岡光原社の及川隆二社長がお亡くなりになった(及川さんとの出会いと交流については、この連載記事の第9…
沖縄手仕事学習の旅にて、「喜如嘉の芭蕉布」の制作場、芭蕉布会館に訪れました。 現在でも20名のメンバーで一年に130反制作しています。 産業革命以前のやり方で紡いでいるのはこの芭蕉…

李朝の日常使いの焼き物をご紹介します。 李朝とは、西暦1392年から1910年までの510年間の時代をさします。この長きにわたる時代の焼き物の変遷を本項で語ることは出来ません。国家…

昭和57年(1982年)の春、一週間にわたる鈴木繁男さんとの九州の旅により、私は物の見方や捉え方の根本的な部分を学んだ。よいとか悪いとかということだけではなく、その背景にあるものを…
かつてフランスの英雄ナポレオンが好んで食べたと云われる野鳥を赤ワイン煮つけ込んでトマトソースで煮込んだマレンゴ地方の料理を中国地方の一番の山秀嶺大山のふもとでハーブを入れたエサで育…

苗代川から伊集院という町へ下っていく道すがら、鈴木さんに苗代川の地域は「美山(みやま)」という地域だと説明すると「なるほど、かつては住宅が無く、小高い山があって、そこに朝鮮の人たち…

寒い季節、多人数にお茶を振る舞うときに、重宝するのが土瓶です。近年では多人数をおもてなしする機会も減ったため、土瓶を使用する必要性も減ってきていると思われますが、土瓶の暖かみは他に…

龍門司焼の川原史郎は鈴木繁男さんの話に納得はしなかった。本質的な意味は理解できていなかったと思うが、自分がきちんとした物をつくっていかないといけないという考えは植えつけられたようだ…

本項43で濱田庄司さんとその窯及び息子さんの湯飲みをご紹介しましたが、本項では民藝の作家の湯飲みをご紹介します。特に作者名、解説を述べません。形、釉薬その他の雰囲気を味わって頂けれ…
一人の優れたつくり手の技を報告します。 つくり手は、赤楽麦藁手(あからくむぎわらで)と呼ばれる絵付けの名工、加藤万佐代(かとう まさよ)さんです。
鯵(アジ)といえば春先が旬というイメージがありますが、鯖(サバ)や鰹(カツオ)と一緒で戻ってきた(回遊してきた)時、今の方があぶらが乗ってより美味しくなります。

日用雑器の作り手ながら芸術的なセンスを持ち合わせる。 それが小鹿田の坂本茂木さんである。 この大湯呑みはその茂木さんが作った物。 形自体は濱田庄司型で小鹿田でもよくある形。 しかし…

熊本を後にして、鹿児島へ向かう途中、鈴木繁男さんは戦時中、水俣にいたことがあると懐かしんでいた。それでも水俣に寄ることはなく、熊本の日奈久(ひなぐ)温泉に差しかかったとき、私は高校…

益子の濱田篤哉さんのミルクピッチャーをご紹介します。 濱田篤哉さんはご存じの通り濱田庄司さんの息子さんです。亡くなられてから既に四半世紀となりますが、民藝の作家として忘れてはならな…
といっても登山ロープウェイで途中まで。 小松ICで降り、国道からは30分くらいでロープウェイ乗り場に到着します。 そんなに山道ではないのでわりとスムーズに行けます。
小代焼窯元でもある大牟田の福田豊水さんの所では絣(かすり)を見せてもらった。奥さんは絣のコレクターだった。福田さんはビアガーデンのオーナー。5月から10月はじめで1年分の売り上げが…

東風窯の登り窯は、竹を真二つに割ったような直炎式の割竹式登り窯です。
河井寛次郎記念館の受付を通り、板の間の広間の柱に変わった柱時計が掛かり、今もコチコチと音を刻んでいます。無垢の木材で作られ、丸頭にカーブガラスを使った振り子室、そのデザインの美しさ…

鈴木繁男さんと九州に入り、本当はすぐに小鹿田に向かいたかった。しかし、今と違って福岡から高速道路がつながっていなかったので、まず鈴木さんがいちばん気になっているという佐賀の大日窯を…

住まいと暮らしの取材の中で岐阜県旧宮川村種蔵集落にある板倉を取り上げたことがあります。板倉は収穫物と種・農具を保管する用途のため、主屋から離れた生産耕地に近い場所に建てられています…
9月に入って底引漁が始まり、市場の魚がガラッと変わります。さざえ、岩ガキとかいがいが甘老海や紅ズワイガニに変わり、あじ、かますやめばるが消えた後は底引きの代表 赤カレイの登場です。

加治木町の蔵王岳と龍門滝の美しい景色を見ながら、龍門司焼へ向かいました。 工房の中に入ると、陶工の猪俣謙二さんが仕事をされていました。

パン切り台とは、文字通りパンを切り分ける時にその台として使用する物です。トーストしたパンを載せたり、また、ハム、チーズを切ったりと食卓で重宝する物です。 現代は、朝食はパンという方…

前回(鈴木繁男さんのこと第2回)で述べたように、出西窯を介して、私と鈴木繁男さんの関わりはいっそう強まっていった。日本民藝館では、鈴木さんの展示手法を間近に観ながら助言をいただけた…
愛媛県今治市と広島県尾道市を結ぶ、全長約80kmのしまなみ海道。 写真は来島海峡大橋です。 今治からしまなみ海道を車で走り始める時に、まず最初に渡る橋です。
5月いっぱいで底引き漁が終わり、赤かれい(鳥取では本かれいと呼ぶ)も6月以降は干し物しか出まわらなくなります。その赤かれいのかわりに登場するのが、目枝鰈や紋かれいといった比較的、浅…

坂本浩二君が25歳のときですから、もう22年前のこと、色んな注文を彼にしていたなかで伏せ合わせの皿がきっかけでしばらくこの手のものつくっていました。 伏せ合わせというのは九州ではハ…

金継ぎをご紹介します。 割れたり、欠けたりした陶磁器はどこか寂しげです。生まれ出た時の生き生きとした姿から一転消えゆくものの悲哀を感じます。傷を受けた陶磁器の補修は洋の東西を問わず…

戦後の民藝運動は、昭和30年(1955年)前頃から柳宗悦が亡くなるまでの13~14年間に一般社会にかなり広まった。しかし、その後は日本の手仕事の発掘がなんとなく遠ざけられた感じだっ…

諏訪大社は諏訪湖を挟んで、南の上社、北の下社に分かれ、下諏訪町には、下社である 「秋宮」と「春宮」があります。全国各地にある諏訪神社の総本社であり、国内最古の神社のひとつとされてい…

スリップウェアとは、泥状の化粧土(これをスリップと言います)で模様を描き、ガレナ釉薬(鉛釉薬)を掛けた低火度の英国陶器を言います。 低火度の陶器は人類の歴史と供に現れ、始めは無地の…
第2回目ですが久野個人の民藝人生に大きな影響を与えていただいた鈴木先生の製作した品など保管場所が見つからないので、見つかり次第、次々と出していきますのでお許しください。さらに第2回…
真鯛は4月から6月にかけてが産卵の時期に当たり、一年で一番美味しい季節です。大きさも目の下3寸と云って30cmから40cmくらいが脂の乗りも程良いと云われています。この鯛の旨味をの…

愛媛県の南予地方・内子町から高知へ行く時は、国道197号線を通ると 高知市まで2時間半ほどで到着します。四国を縦断する山道ですが、道がよく 運転しやすいルートです。

漆繪のお盆をご紹介します。 お盆の用途は昔も今も変わりません。物を運んだり、置いたりする際に、下に敷く敷板的用途とでも言えば良いでしょうか。現代では味気ないプラスチック製であったり…

この連載記事も100回を数えることになった。100回目は前から考えていたのだが、私がこの仕事をしていく上で大変な役割を果たしていただいた鈴木繁男先生の思い出を語っていきたいと思う。…
鳥取和牛のすじ、アキレスの部分をいっきに10kgくらい大きなフライパンで焼き上げていきます。肉に焼き目を入れるのは、スジと云えども旨味が十分に有るんでそれを閉じ込める為です。

今までこの連載記事では制作者に視点をあててきました。それでまた私とつながりのあるベテランのつくり手たちのことについてはほぼ語り尽くしました。これからは若いつくり手とお世話になった方…

手取川上流の山深い地に、縄文時代中期から人が住んでいた痕跡が発見されています。前面に川、背後に丘陵地が連なる、狭い河岸段丘に集落が作られていたとされます。平安時代より加賀、越前、美…

壺屋の金城次郎さんをご紹介します。 金城次郎さん(以下次郎さんと言います)は、ご承知の通り、現代の沖縄陶器を代表する作家です。現在の沖縄の焼物が大なり小なり、次郎さんの作品の影響を…

石川県白峰の集落は、手取川の谷間の狭い河岸段丘上に発達した集落で、周囲を山々に囲まれ江戸時代より養蚕、林産物の生産が行われ、国内有数の豪雪地でもあるため、かつては12月から4月まで…

平成元年に日本民藝協会の手仕事調査が始まり、私は調査員のひとりに選ばれた。この調査を提唱されたのは四本貴資(よつもと・たかし)さん。染色工藝家であり、当時は東京造形大学の教授を辞め…
牛肉の中で一番柔らかい部分、後ろ足のももの内側(ランプ)という部分をサッと火であぶってタレに付けて食べたりポン酢で食べたりします。

東北の相馬焼と成島焼をご紹介します。 相馬焼は元禄年間に福島県相馬の大堀で始められた民窯です。相馬焼には藩窯の中村相馬焼が別にあります。相馬焼は一度衰退の後に再興されましたが、東日…
先月広島での展示のお手伝いに伺った時、久野さんが 「四国の西海岸、足摺から宇和島までの景色は素晴らしい。外泊(そとどまり)も良いところなんだよ」と話されていました。 外泊とは、宇和…

小谷真三さんは日本の手仕事のガラスの分野におけるリーダーであるし、パイオニアだ。そんな真三さんも83歳になり、後継者のことを皆が心配している。真三さんのような仕事ぶりをそのまま続け…

東北の人形をご紹介します。 日本全国に郷土人形と言われる人形が存在します。江戸時代、京都の伏見人形がそのルーツと言われています。江戸の安定した世の中で、庶民の生活も豊かとなり、当初…
1戻り鰆(サワラ)のから揚コンソメ煮 1mを越す様な大きな戻り鰆(サワラ)のから揚コンソメ煮です。その名の通り魚片に春と書いてサワラと呼びますが、これも鰹と同じで春よりも秋から冬に…

九州の人たちはわりと諦めが早い気質をもつ人達が多い。熱しやすく、冷めやすい。仕事が思うにならないと、きっぱり辞めてしまう場合がある。いったん辞めようと心に決めたら、翌日には辞めてし…

漆の椀をご紹介します。 漆の椀については、昔の物今の物(8)と(63)でもご紹介しましたが、筆者の個人的な感覚なのか、どうも現代の漆椀に馴染めません。その原因がどこにあるのかを考え…

鳥取県中央部に位置する倉吉は、7世紀に伯耆国(ほうきのくに)の国府、国分尼寺がおかれ、伯耆の国の中心として栄えました。南北朝時代に打吹山(うつぶきやま)に城が築かれ、城下町、陣屋町…
民藝の教科書⑤「手仕事いろいろ」で紹介された、大森和蝋燭屋さんのある 内子町八日市の町並みを歩いてみました。

伊賀丸柱に初めて行ったのは、車の免許を取って間もない頃。1974年頃のこと。当時、伊賀丸柱は土鍋の産地で、その中の森里(もりさと)製陶所では、日本中の民藝品店に、青地釉の土鍋を売っ…

丹波の生田和孝さんの作品をご紹介します。 生田さんは昭和57年に五五歳の若さで亡くなりました。鳥取県に生まれ、京都の河井寛次郎のもとに職人として入り、その後砥部を経て、丹波で作陶し…
日光下駄とは言うものの、下駄ではなく「草履」。でも、見た目は「下駄」。そんな少々ややこしい草履についてお話くださったのは、栃木県伝統工芸師の山本政史さん。日光木彫りの里工芸センター…

三方を海に囲まれた房総半島。そこには温暖な気候を運ぶ黒潮が流れる。その南端、南房総市千倉の佐藤博さんを尋ねた。 佐藤さんは専業で籠を編む。しかも花籠と呼ばれる背負籠を50年以上作っ…

「日本の焼き物のあけぼの」とまでいわれている愛知県瀬戸市。日本における陶磁器の発祥地である。その焼き物は「瀬戸物」と呼ばれ、全国に知れ渡る、日本最大の焼き物の産地だ。 ここでは国内…

螺鈿とは貝の真珠質の輝きを器等の装飾に用いる技法です。貝の真珠質の美しさは太古より人類が目にした最初の美かもしれません。貝そのものを加工して、貨幣や装飾品とすることに始まり、後々、…
すすぎ鍋に使う鳥取和牛の端やらバター焼きに使う用の余ったところを置いといて、これをソテーし、牛肉の旨味を肉に閉じ込める様に外側にこんがりきつね色になるまでこげ色を付けます。

この磨き土器の“蚊取線香入れ”を初めて見た時、何とも愛嬌ある顔つきに目を奪われ、すぐさま手に取ったことを覚えています。原型は沖縄の“アラヤチー(…
この連載記事の第4回で、沖縄・那覇にある奥原硝子製造所の代表であり、職人の桃原正男(とうばら・まさお)さんが吹くペリカン・ピッチャーの話をした。

小田原市の国道1号線沿いに老舗桶屋の桶辰(おけたつ)はある。同じ小田原で桶屋をしていた本家から分家したのが明治の頃で、今でも三代目の杉山孟(はじめ)さんが仕事を続けている。孟さんは…

平佐の磁器をご紹介します。 日本における磁器の産地はそれほど多くありません。会津、瀬戸、出石、砥部そして伊万里等が磁器の産地として挙げられます。薩摩(鹿児島)においても、朝鮮陶工の…
和蝋燭に欠かせないのはろうそくを立てるための燭台です。 6月に愛媛県内子町の大森和蝋燭屋さんを訪れた時に、 同じく内子町で鉄の燭台を作られている自在鋼房の児玉さんを訪ねました。

私が経営する、もやい工藝を北鎌倉から現在の鎌倉佐助へ移転したのが昭和62年(1987年)のこと。店を拡げたこともあって、住空間を豊かにする物、器やカゴのみならず、織物など身の回りの…

吉田桂介さんは、ご存じの通り富山県八尾で和紙を制作する桂樹舎を主宰する手仕事の世界の先達です。いまや民藝の第一世代の謦咳に直接触れた貴重な存在と言えましょう。

民藝の教科書の取材に同行させていただき、大森和蝋燭屋さんへ伺いました。
鳥取県の大山のふもとで飼育している脂味に旨味のある豚のロースに軽くコショウをして、小麦粉と片栗粉を半々混ぜたものをまぶして、余分な粉をはらった後、ごま油とサラダ油を半々入れてフライ…

現在、「民藝の教科書⑤」(グラフィック社)の制作を進めているが、この書籍では箒(ほうき)やタワシといった棕櫚(しゅろ)を素材に用いた道具を取り上げないわけにはいかない。箒の種類はさ…

栃木の丸山早苗さんが作られる蛤箒の取材に同行させて頂きました。 今回初めて蛤箒という名前を耳にし、 いったいどんな物なのかわからないまま伺いましたが見て納得。 ほうき草と柄の接続部…

型染作家芹沢銈介の仕事は多岐にわたり、勿論布染めの着尺、帯、暖簾等の制作が主な仕事と言えますが、他方、本の装丁や繪本の制作も重要な仕事であったと思われます。 芹沢銈介は、昭和6年に…

注ぎ口がついたお酒を入れる容器は、沖縄や薩摩ではカラカラといいます。 熊本小代焼でもカラカラと呼んでいますが、どうもこれは民藝ブームが起こってからのことですから、昭和40年頃からの…

私が40年ほど前、この民藝の仕事に入った時、まず陶磁器の仕事が日本各地でどのようなものがあるか、民窯地図を広げ、民窯の本を読み漁り調べた。 磁器をつくる窯は有田焼の大日窯(だいにち…

小石原・小鹿田の徳利をご紹介します。 小石原・小鹿田は兄弟窯で、陶土に多少の違いはありますが、昔から同種の品物を作ってきました。新しい作品があっても、それは昔からの作品の継承があっ…

訪ねた町を知るには、まず街中を歩いて廻ることが重要です。特に伝統的な町並みには、昔の面影がいたるところに残っています。倉敷の場合は、早い時期から町並み保存運動が盛んで、大原家2代の…
この2~3年うなぎの稚魚激減してうなぎが高騰してうなぎ料理が高嶺の花となっていますが、その反動というか、代理というか、穴子と鱧(ハモ)に長いもの中間というか味が似ているというか、こ…
我が家の玄関を明るくしてくれる倉敷緞通の玄関マット。 初めて使う時に、作り手の瀧山さんが「春夏はさらっとしていて気持ち良いですよ」と教えてくださいました。 見た目は表面にリング糸を…

日本の手仕事良品を取り上げた、柳宗悦の著書「手仕事の日本」にも竹細工の産地はほとんど出てこない。昭和40年代頃から、ようやく日本各地の竹細工、カゴ、ザル類の調査や日本民藝館展への出…

愛媛県は東予・中予・南予と、3つの地方に分けられます。 四国中央市や今治など工業がさかんな東予、松山市を中心とした中予に比べて、 南予はとってものどかでのんびりしたところです。 昔…

民画とは、ある流派や時の権力者に属さず、民衆から湧き上がってきた絵とでも表現すればよいのでしょうか。流派や権力者の影響がないだけに、その描かれた作品は自由でのびのびとしており、まさ…

手仕事調査で各地の優れた手仕事の生産の場を訪ねるとき、地域の自然と生産に関わってきた手仕事の歴史が豊かに連鎖している地域には美しい手仕事が多く残っていることを痛感させられます。また…

グラフィック社から刊行される「民藝の教科書カゴとザル編」のために東北のアケビ蔓細工を取材した。しかし、現地を訪ねてみると、案外、つくっている人が少なかった。

薩摩焼の亀型酒器をご紹介します。薩摩焼とは、薩摩地方の竪野(たての)、苗代川、龍門司、平佐、能野(よきの)等々の窯を総称する呼び方です。この薩摩焼の各窯で他には見られない独特の形を…

中国地方最大の山、大山(だいせん)のふもとで育てられた地鶏が今、全国的に焼鳥、鳥鍋などで好評です。そのエサにハーブをまぜて野放しで育て、大きくした若鶏をオリーブオイルとニンニク、生…

しっかりがっちりつくられているのに、なぜだか温かい姿。 その姿に魅せられて、手桶の持ち手を掴みました。 一瞬で、柔らかい感触に惚れてしまい 今では無くてはならない我が家の風呂場の道…

今度、出版する「民藝の教科書」はカゴとザルをテーマにしている。その最後の取材を数日前に戸隠でおこなった。戸隠は去年11月に取材していたのだが、悪天候のため、靄がかかり、戸隠山の山並…
北関東手仕事調査1日目の最後の訪問先、那須烏山市郊外にある「和紙の里」は小雨に煙っていた。ここは「烏山和紙会館」を運営する福田製紙所の工房であり、紙漉き見学や体験ができる観光スポッ…

杞柳細工を盛んにしたのは何とこの私、約20年に渡って宮崎市を代表する民藝品として有名にはなりましたが、婦人会の一環として始まったこともあって、後継者育成がなされず、高齢化で途絶えて…

今まで自身との関わりが薄いということもあって、取り上げてなかったのだが、竹細工にとっては最も重要な存在のカゴがある。昔、800万の神々が集まったという天岩戸伝説で知られる宮崎県高千…

3月31日、「民藝の教科書④ かごとざる」一昨日山形県鶴岡市の本間和子さんのあけび蔓細工を取材した後、翌日は東蒲原郡上川町のかの有名な江川宗夫さんの樹皮細工の取材し、さらに会津三島…

丹波焼は言わずと知れた六古窯のひとつで、昔から大壺、甕を生産する日常雑器を焼く窯でした。穴窯焼成による焼き締めや、いわゆる赤どべを掛けた製品がその代表的な物でしょう。江戸後期になる…

年も明け2月も終わりに近づくともうぼちぼち松葉がにの漁が終わりに近づきます。この頃になると年末の半分くらいの値段で松葉がにの棒身を手に入れることができます。

それは日本民藝館の蔵品にもなっている二つの箕が作られる現場に行き、

民藝店に置かれる白磁製品は有田焼の大日窯、砥部焼の梅野精陶所(梅山窯ばいざんがま)が主力となっている。その他の白磁といえば個人名を主張した作家性を帯びたものが目立つ。

小鹿田の坂本茂木さんの尺皿をご紹介します。 茂木さんは言わずと知れた歴史に残る名工です。これまで茂木さんの作った名品の数々は折に触れ、種々の媒体で紹介されてきています。大きなラッキ…

グラフィック社「民藝の教科書④カゴとザル(仮称)」の取材で、佐世保郊外で竹細工を50年営む野田利治さんを訪ねました。 あらかじめ何をつくるかということが命題だったので、他での竹細工…

鎌倉もやい工藝での「平成24年度の日本手仕事優秀品展」で手に入れた沖縄の渡名喜瓶です。形と色、釉薬の流れが美しく、一目惚れしました。 つくり手は沖縄県読谷村、北窯の松田共司さん。 …

かつて鹿児島県の南薩と呼ばれる薩摩半島のエリアには膨大な数の竹細工職人がいた。なかば農業を営みながら、現金収入の手だてとして竹細工を制作するのではなく、竹細工づくりを専業とする人た…

まだ制作者名の公表は出来ませんが、去る1月13日、高知から松山へ行く途中、土佐市に立ち寄りました。 以前レポートしましたが、いかにも南国の手仕事らしい箕をとある荒物店で発見し、店主…
寒に入り吹雪の日本海で漁れた15K級の天然鰤の一番脂が乗っているかまの部分を照焼にしました。 寒ブリと言えば富山の氷見(ひみ)が有名ですが、山陰であがる10K超のブリも決してひけを…

平成25年初めの「昔の物今の物」です。年の初め華やかに伊万里の赤絵で今年のスタートを切りたいと思います。 まずは古九谷の蓋付き茶壺です。 生掛け生地の上に、古九谷五彩で装います。ね…

この度、手仕事フォーラムの集まりが私たちの直営店「秋月」にておこなわれた。その際に驚いたのは、小鹿田焼の若い後継者たちが6人も参加していただいたということ。83歳になる小谷真三さん…
現在の小鹿田焼を牽引しているつくり手は坂本浩二君。そして、私たちが繰り返し紹介してきたことの影響か、同じく若き陶工、黒木昌伸君の知名度がどんどん高まってきている。浩二君いわく、今や…

民藝の作家として、京都の上田恒次(敬称略)をご紹介します。 上田恒次は、他の民藝の作家と多少趣を異にし、京都の知的においを漂わせる優雅で、力強い作品を作りました。京都の代々続く商家…
師走に入りめっきり寒さが増してくると旨味が乗ってよく市場にあがってくる魚、いわゆる底物と呼ばれる、鱈、あんこう、かれいなどです。 その中で鍋に良し、フライに良し、酒蒸し、煮付等でも…
私が選んだ手仕事の逸品は、 愛媛民藝館で開催されている「現代・日本の手仕事展」に出品されていた 沖縄県・照屋窯の長角皿です。

漆の皿と椀をご紹介します。 現代の漆製品は高価に過ぎ、庶民の日常生活からかけ離れてしまいました。その原因が何処にあるのか、もっと安価に、日常使いの漆製品が作れないものか、手仕事フォ…

鳥取でのお土産の代表的なもの三種と云えば 1、とうふちくわ2、あごちくわ3、板わかめです。 とうふちくわとあごちくわはそれなりに有名になり知名度もありますが、あまり知られていない割…

富山市八尾の桂樹舎 民族工藝館での「更に日本の民芸展」で手に入れた沖縄の按瓶(アンビン)です。 つくり手は沖縄県読谷村、北窯の松田共司さん。 民族工藝館の入口に堂々と展示されていて…

日本民藝館本館に入って左側、現在は染織品を展示する部屋の片隅に小さな引き戸があり、その内部は台所になっている。私が昭和50年(1975年)くらいから日本民藝館に出入りするようになっ…

タイルは、古代から建築材として、壁、床に貼られて、防火、防水、防湿の役目を果たしてきました。この用途だけなら無地で用が足りますが、人はここでも遊び心を忘れません。人はこのタイルに、…
とあるお店の特別な会で手に入れた、少し前の"“小鹿田焼ポン描き徳利”。 こちらを制作した陶工は、数年前に引退されているので、今となってはそれなりに…

先日、グラフィック社より私が監修した「民藝の教科書染めと織り」の本が出版された。私は今まで陶磁器と編組品、木工品とガラスと関わりがあったけれど、織りと染めに関しては軽視してきた。私…
たくみ割烹ではすすぎ鍋(しゃぶしゃぶ)用のロースを丸々一本仕入れるのですが、その時けっこう大量にすじの部分がでます。これを集めておいて10kgくらいたまったら、すじ煮込みをつくりま…

紅型は、沖縄独自の染め物です。南国をあらわす鮮やかな色彩、独特の模様が沖縄の人々のおおらかさ、明るさを表します。その成立の由来、成立時期等は諸説あるようですが、ここでは唯々作品を見…

関東の焼き物の地域は栃木県の益子と、益子に隣接する茨城県笠間がよく知られている。ほかにも明治時代までは各地に窯元があったのだろうが、大産地となったのはこの2ヵ所である。益子は濱田庄…
鳥取では砂丘に代表されるように粒の細かな遠浅のきれいな浜辺が日本海沿いにずっと続いています。その関係上、ひらめ、かれいといった底物の魚が多く獲れ、鳥取県の県魚もひらめです。

館山唐桟は、千葉・館山の齋藤家が明治時代より織り続けている、縞柄の薄手の綿織物です。そのルーツは南蛮船によりもたらされた、インド周辺で織られた薄くて細い縞模様の「唐桟」と呼ばれた布…

今回は朝鮮陶器が伝わった唐津の里で、今もなお竹細工に取り組む池田孝雄さんを紹介する。

日本の染織は各地各様、様々な技法による美しい作品が存在します。本項では筒描きによる馬の腹掛けをご紹介します。「染織」、「筒描き」、「馬の腹掛け」について、それぞれ説明をすべきところ…
“日奈久温泉”は、熊本県下で最も古い歴史を持ち、江戸時代には細川家の藩営温泉でもあった由緒ある温泉場です。その日奈久へ行く機会となったのは、竹細工の制作者を…

先日、鎌倉「もやい工藝」を訪れた際、目にした瞬間にストライプの文様と、青と緑の釉薬がにじみ出る風情に惹かれ、欲しくてたまらなくなって求めた湯呑みです。
この連載記事の第15回で宮内謙一さんの石見焼・平皿を紹介した。その際、宮内さんと出会ういきさつは述べたが、十分に彼の仕事を語れていなかった。宮内さんは陶工として貴重な職人である。技…

前項に引き続き、小皿をご紹介します。 本項では、九州以南と李朝の品をご紹介します。 まずは、伊万里です。
鳥取の老舗ねりもの屋さん(創業慶応元年)とたくみ割烹(昭和37年開店)がコラボしてこの度、鳥取和牛とうふちくわが誕生しました。

鳥取県倉吉市、福田豊さんによる運び盆です。 この形は、“鳥取民藝の父”吉田璋也により考案されました。福田さんは、その教えを守り続けお仕事をされる、ほぼ唯一の…

日常の食事において、必ず使用する食器に、陶器の小皿があります。総菜を取り分けたり、醤油を入れたりと、様々な用途に活躍します。まさに雑器中の雑器と言ってよいでしょう。陶磁器が日常生活…
古来からおめでたい魚として、また姿の美しさと味の良さから珍重されてきた人気の高い魚です。結婚式や国技である相撲の優勝祝いにも使われ、日本人の祝いの席の必需品といえます。歴史的にも古…

丹波立杭焼の清水俊彦さんの渋い流釉小壷です。 先日の京都の旅で、清水さんの俊彦窯を訪ねた際に手に入れた逸品です。

私が日本民藝館に出入りするようになったのは昭和50年頃からのこと。それは朝鮮文化を日本に紹介され、柳宗悦先生の民藝運動の発端となった浅川巧(たくみ)さんの奥さんである咲(さく)さん…

デザイナーに共通する視点なのだろう。柳宗理さんは当初、驚異的な造形物、感覚的に生々しい、とりわけ原始的な物を賞賛された。その物の中でもフォーカスされる部分があって、自分の眼の位置か…

4月23日、私達は宮島における杓子作りの現状を知るため、宮島内のとある木工の製作所を訪れました。 平清盛が現在の形を作ったことで知られる厳島神社。江戸時代には庶民も参拝のために宮島…
益子町城内坂一番地。この地番が示すように、いわば町のヘソとも言えるところに日下田紺屋はあり、その立地と見事な植栽に囲まれた茅葺き屋根の邸の景観が、益子町でのこの紺屋さんの存在感の大…
川辺には護岸用に竹が生え、竹材屋をよく目にし、祖母は内職で団扇に縁をつけていました。

先日の3月23日に六本木の国際文化会館で「故・柳宗理(むねみち)を偲ぶ会」が催された。私も関係者の一人として参加させていただいた。柳さんと関わりの深い参加者はとくに民藝関係者が多か…

前回に引き続き、河井寛次郎の作品をご紹介します。 まずは、角皿です。

沖縄本島でも竹細工を生業とする人は津嘉山寛喜(つかやまかんき)さんのみになってしまったようだ。しかし、日本各地の状況と同様に、もう竹細工職人はこの人しかいないと思うと、どこかに他の…

先日、読谷山焼北窯を訪れた際に、ちょうどアーチ状の屋根部分の張り替えを終えたばかりの共同窯を見学させていただきました。
たくみ割烹でみそ煮込カレーを出して5年になりますが、年末からテレビ、ブログなどで取り上げられていくたび、それまで一番人気だったハヤシライスを大きく抜いて今ダントツ一番人気です。先日…

ご存じの通り、民藝において、河井寛次郎は柳宗悦、濱田庄司と並ぶ、その創設者です。その経歴、作品は多数の作品集等で紹介されており、ここで改めてご紹介するまでもありませんが、簡単に経歴…
その時共司さんから直接譲って頂いたのがこのカップアンドソーサーです。

龍門司焼については現・龍門司焼企業組合理事長である川原史郎の軌跡を通じて、この連載記事で2回にわたって紹介してきた(第9回、第10回)。しかし、川原は理事長職の忙しさから焼き物の数…

発刊したばかりの「民藝の教科書1うつわ編」の取材で去る1月27日、北窯を訪れ松田共司君、宮城正享君両名に沖縄のヤチムンらしいうつわをそれぞれつくっていただきました。特に共司君には沖…

4月に発刊予定の『グラフィック社・民藝の教科書 器編』の取材のため1月22日、ライターの萩原健太郎氏と益子各窯を廻りました。各窯といっても私久野が現代民藝の器づくりの窯として視てい…
鳥取を代表する駅弁として知られるかに寿し。実は私の祖父が昭和27年、世に出した寿し弁当です。

もやい工藝で開催されていた40周年の記念展示で購入したものをご紹介したいと思います。 久野さんと作り手の強い絆が生んだオリジナルの商品の数々、どれもがとても魅力ある商品で、目移りす…

清水俊彦さんの仕事ぶりについては、以前この連載記事の第51回・生田和孝さん編でも触れた。清水さんは生田さんの最初の弟子で、弟子から職人となり、生田さんの仕事そのものを受け継いで今ま…

坂本浩二君は小鹿田焼ばかりでなく日本の民窯を代表する作り手の一人となって知られておりますが、その父親の存在はあまり知られていません。彼のことを知っている人は日本民藝館をすでに退職し…

菓子型とは、文字通りお菓子の型を作るための道具です。焼き菓子、落雁、練り切り等の和菓子に使用します。洋菓子と異なり、日本人の繊細さはここでも発揮され、昔から繊細で美しい造形の菓子型…

坂本浩二君は小鹿田焼ばかりでなく日本の民窯を代表する作り手の一人となって知られておりますが、その父親の存在はあまり知られていません。彼のことを知っている人は日本民藝館をすでに退職し…

薩摩苗代川焼は江戸時代藩の御用窯として、白土が美しい胎土に彩色絵付けした美術品が主につくられ、それを白物(しろもん)と呼びました。対して同じ苗代川の陶工達が庶民向けにつくられる日常…

この仕事に入って40年、鎌倉佐助に店を移転して25年が経過した2011年11月14日、私自身の地元、鎌倉で手仕事フォーラムの集まりを初めて開くことができた。私には制作者の方々とこれ…
11月7日にいよいよ松葉ガニ(ズワイガニ)が解禁になりました。

10月28日~30日に越中八尾の桂樹舎/民族工芸館で日本手仕事優品展が開催されました。それに合わせ、手仕事調査へ向かうと言う久野恵一さんに同行させて頂きました。 目的は、鶴来~白山…
私が熊本の小代焼(しょうだいやき)の窯を初めて訪れたのは、昭和49年(1974年)の春だった。私にとって初めての車での旅。ひとりで運転し、宮崎までフェリーで入って、小代焼の窯元があ…

日本の焼き物を語る上で、伊万里(有田)焼を外すことはできません。伊万里焼は、朝鮮、中国の技術を吸収し、日本独自の磁器を完成させ、それが、現代までも続いています。この伊万里焼を大きく…
回遊する魚には旬が2度あります。鯵(アジ)、鯖(サバ)、鰹(カツオ)などもそうですが鰆もそうです。特に戻り(鰆)の方が脂が乗って帰ってくるのでサッパリとした春先よりも秋口の方が焼物…

力が漲るような胴部の張りよ! 小さな底からうわっと膨らむ、その力強さ。胸がすくようだ。 自然に笑みがこぼれ、愉快になり、わっはっはと腹の底から笑いたくなる。 逆を言えば、豊かに漲っ…

沖縄の焼き物「やちむん」の良品について、この連載記事で今まで紹介してきたつくり手は北窯の松田共司君、宮城正享君、恩納村の照屋佳信さん、荒焼(あらやちー)の新垣栄用さん。この人たちは…

昔は、今ほど交通網が発達しておらず、各地域で生産し、その地で消費する、地産地消が当たり前の生活でした。そのため、その地の人は、日常使いの品についても、その地域で生産された焼き物、駕…
私は木工の仕事とはやや縁が薄いように思われているかもしれない。それは私たちの目指す方向に関わってきているつくり手がきわめて少ないということも理由のひとつにある。先日、手仕事フォーラ…

真夏、鳥取では鰈(かれい)の煮付の変りに舌平目をよく煮付けに使います。 一つは味が鰈の淡白で旨みのあるさっぱりとした食感に似ているのと、山陰の砂地でよく漁れ、比較的安価に購入できる…

龍門司焼は、その歴史を遡れば、文禄・慶長の役で朝鮮から連れてこられた陶工によって、始められた焼き物です。16世紀の終わりから現在まで営々と作り続けられていることとなります。勿論作家…
様々な東北の品々が集まる、新宿BEAMSでの『'11日本手仕事展−美しきものとの出会い 東北−』で私が心奪われたのはこのヤマザクラで出来た籠です。

今年6月3日~5日、手仕事フォーラムの有志を募り、『出雲観光の旅』をおこなった(「観光」というタイトルにした理由は会報誌「SILTA」16号で説明している。ご一読願いたい)。折しも…
7月も中旬になるといよいよ鱧とか穴子、鰻、どじょうとニョロニョロとしたウロコが無い長い魚が好まれる季節になってきました。 夏バテの時にビタミンなどが多い俗に言う”精のつ…

昔に比べると、夏の暑さは異常なほどです。この暑い夏にご紹介するのは、やはり涼しさを感じさせるガラスと言うことになります。 本稿では倉敷の小谷真三さんのガラス器をご紹介しようと思いま…

左が「茶碗カゴ(ワンメゴと言います)」で、右が「脱衣カゴ」です。 鎌倉もやい工藝の「2011 涼夏の会」で、ようやく手に入れることができた念願の逸品です。

「出雲、観光の旅」で私たちは、多々納弘光という出西窯の創立メンバーの一人にお会いすることができた。お会いするだけでなく、ご自宅に招いていただき、民藝とともに生きてきた人の暮しの一端…

瀬戸の煮〆皿は江戸末期から瀬戸で大量に作られた雑器中の雑器と言えるものです。しかし、この大量に作られたが故に、そこに描かれた絵や文字は、手慣れた筆裁きによる無意識の美を表しています…
鳥取の夏の味覚の代表選手が6月に入りいよいよ堂々の登場です。 岩ガキ、いがい、さざえ、あわび、白いか、あご(飛び魚)といったメンバーですが、今回は岩ガキ(生)、いがいの吸い物、あご…

さる6月10日から倉敷クラフト幹での「日本の手仕事展」会場で手伝う中、数多くの出品物の中で私が眼を惹いた森山さんの皿について紹介致します。

2011年2月の終わりから3月はじめにかけて、手仕事フォーラムの旅で沖縄へ行ったとき、メンバーを連れて新垣栄用さんのアラヤチー(荒焼)の窯場を訪ねた。飄々とした表情の新垣栄用さんを…

くらわんか碗とは、江戸時代大阪淀川を往来する三十石船を相手に酒食を提供していた小舟が用いた器からこの名が付けられました。 この小舟は「くらわんか」と叫びながら商いをしていたのが、そ…

ころんとした丸い形がなんとも愛らしい房総のヒゴザル。 先日の南房総手仕事調査の際に一目ぼれしたものです。 この一抱えほどの籠は、可愛らしい外見の割には案外しっかり物。 海で摘み取っ…

先日、手仕事フォーラムのメンバーを同行させて、房総半島の南部を3年ぶりに訪ねた。南房総の竹製品を、4月末に催される出雲民藝館での「日本全国カゴザル展」に出品するための仕入れも兼ねて…

東北地方太平洋沖地震の津波の被害で大打撃を受けた漁業関係の方々に同じ魚を扱う仲間として心よりお見舞い申し上げます。特に東北の港は大きな遠洋の拠点となっているところも多いので通常に戻…

東北、北関東を襲った大地震、大津波は多くの方々に、甚大な被害をもたらしました。家を、また家族を奪われた方のお悲しみは言葉に表せないほどのものがあります。失われたものを乗り越えるには…
こちらの大皿に出会ったのは、つい先日の鎌倉“もやい工芸”で開かれていた“沖縄やちむん”展でのこと。実は現物を見る前に、“…

このたびの東北大地震には私自身大変なショックを受けている。かつては三陸海岸を車で走行したこともあるし、汽車で回ったこともある。あの美しい景観がいっぺんで崩れ、暮らされていた方々も悲…

「ペリカンピッチャー」や、「木のパン皿」など、もやい工藝のヒット商品にさまざまに介在している女性がいる。 ノッティングの椅子敷のつくり手でもある外村ひろさんだ。ひろさんのつくるノッ…

沖縄は、歴史的見地や地理的位置から見て、本州、九州、四国とは異なる独自の文化、生活様式を持って、発展してきました。歴史的見地については、ここでは省略させて頂きますが、独自の王朝のも…

暦も2月に入ると海の温度が最も低くなり、鰈が一番美味しくなる季節です。一番大きな型は3枚におろして食べます。鰈の旨みが大根にしみ込んでつけ汁さえごはんにかけて食べる方もいます。
中村家住宅は奇跡的に沖縄戦の戦火を免れ、戦前の沖縄の住居建築の特色をすべて備えている建物です。

――降り積もった雪はあたりをおおい、大きな合掌造りの屋根にも届きそうである。そんな積雪のなかに律儀に並んだ、和紙の干し板。働き者の主の心意気を讃えるかのように舞う「越中八尾紙すき」…

2011年1月21日、久野先生と衣笠宗法二人で高知県土佐市の昔ながらの荒物店と土佐和紙の現状調査を行なった。まだまだ手仕事の意味を理解していない私は、経験の蓄積と自己修行のため先生…

徳利は、言うまでもなく酒を入れる容器です。有史以来、人が酒をたしなむ様になってから、酒を入れる容器は多種多様にあったと思われます。自ら作った酒を、作った容器から、柄杓でそのまま飲ん…

日本民藝館の蒐集品にもなっている日本を代表する手仕事である箕はふたつ。東は岩手県一戸町面岸のニギョウ皮で編まれた箕、そして西は鹿児島県日置市柿の谷の「日置の箕」。丈夫で使いやすい優…

今年のお正月は京都のおせち料理を頼みました。以前、中華おせちやハワイアンおせちを頼んだものの、美味しくなくて外注おせちってまずいなというトラウマを残すことに…。今年は…

寒い季節になってきたので季節の魚を使った洋風雑炊と今、最も甘味を増す白ねぎの和えものです。

東北から沖縄まで、日本の各地には藍染めを利用した染織が多数存在します。いつの頃から藍染めが始まったのかは定かではありませんが、江戸時代に庶民が利用できる衣服等の布の材料は藍と木綿で…

ホームスパンの蟻川紘直さんについては以前kuno×kunoでも詳しく述べたが、紘直さんが亡くなられてからもう13年になる。紘直さん亡きあと、その意志を継いで工房を担って…

今世紀最高の料理人と称されるジョエル・ロブションは自伝の中で、「日本人は塩のことを理解しているとはいえない」という注目すべき発言をしている。これは味覚の問題であるとともに、そもそも…

「昔の物今の物」の第7回で、沖縄の抱瓶(だちびん)をご紹介しましたが、その中で、現代の工人の中で、昔に劣らず素晴らしい抱瓶を作り続けている工人の作品をご紹介しました。下の作品がその…

今回はつけ込んだ魚料理を二品。 一つは真魚鰹(マナガツオ)の西京焼。そうしてもう一つはかます香り醤油焼。 味噌味と醤油味で比べ、真魚鰹を切り身で、かますは開きでちょうど対象的に用意…

57回目の「Kuno×Kuno」。 これまで私の話を聞き書きしてくれていた久野康宏氏が、急遽海外へ出張する事になった。今回はひと月延ばそうかとも思ったが、毎月恒例になっ…

ところで、わたしは塩を作っている。しかし、厄介なことに塩の用途は天文学的な数だけあり、用途の全体像を把握することがとても難しい。調理用に限っても、ごく大雑把に和洋中を見ただけでも相…

「昔の物今の物」では、主に焼き物を取りあげて、お話しをしてきましたが、焼き物の中でも一番日常生活に身近な「湯飲み」をこれまで、ご紹介してきませんでした。

この連載記事の第21回で小石原焼、太田哲三さんの師匠であり父でもある、太田熊雄さんとの出会いや、その後のさまざまな関わりについて語った。そして今回、改めて熊雄さんの仕事について追記…

会社のブログを初めて、そろそろ3年。島の「なう」を深く内外に発信する唯一無二のブログになった。いつも行くガソリンスタンドの奥さんが見てたり、地元の友達も教えてないのに見てたり、先日…

「昔の物今の物」では、これまで、「今の物」の比較材料として、昔の唐津の作品をご紹介してきました。これは、唐津(陶器)、伊万里(磁器)が中国、朝鮮からの焼き物技術を消化し、日本独自の…

今回は私よりわずか2歳年上で、若くして亡くなった有田焼大日窯、久保徹(とおる)さんとの出会い、そして関わりについて話をしたい。 私はこの窯をなんとか存続させたいと願い、徹さんが亡く…

少なくない月日をこの島で過ごしてきた。最初の年を一緒に過ごした友人達は様々な事情でそれぞれの土地へと帰っていき、自分だけが残った。知らない移住者も増え、今では移住者としてそこそこの…

35年ほど前、同じ志を抱く仲間とともに、できるだけ安くて丈夫で使えるような物を恵まれない人たちに供給すべく工藝運動に取りかかり、同時に「もやい工藝」を立ち上げようとしている時のこと…

マカイとは、沖縄の碗形の陶器の総称です。沖縄で陶器が生産されるようになった初期の頃から生産されています。その形態は、口径に対して、高さが低く、口台が広く作られています。

鳥取和牛の薄切りをバターでサッと炒めます。味付けは塩、こしょうのみのあっさりとした味付けです。この方が牛肉の旨味が充分味わえるし、これの付けダレはからしポン酢なのでより一層食べやす…

この連載記事において坂本茂木さんについて語るのは4回目となる。今年5月16日の引退表明がそれだけ私にとって衝撃的だったのだ。まだ心の整理ができていないが、今回は坂本茂木という存在が…

小鹿田の坂本茂木さんが引退との話を耳にしました。お身体が悪いわけでもなく、小鹿田のしきたりに従っての流れのようですが、私にとっては、全く持って理解しがたい出来事です。

6月21日の小鹿田皿山行は、今年になって5度目です。福岡県朝倉市に手仕事フォーラムの直営店『秋月』がオープンしたので、1時間で行ける大分県日田市の小鹿田皿山にもこれから毎月通うこと…

彼岸志向が強い。ほとんど生まれつきと言っていいほどに。そんな自分が「地産地消」という耳慣れない言葉を知ったのは、隠岐に来てからのことだ。最初は「チサンチショウ」という言葉がどんな漢…

今回は脇役ではありますがもずくについて紹介したいと思います。 もずくと云えば大半三杯酢で酢物にしますが鳥取では産地ということもあって吸い物にしたり、さっぱりと雑炊にして冬場は食べま…

小鹿田焼(おんたやき)の坂本茂木(しげき)さんに関しては過去に2回紹介してきたが、もちろんそれだけでは人間性と仕事の魅力を語り尽くせない。

パンを食べると、その土地柄がわかる。はじめて隠岐に来て食べたパンはまずすぎて食べれなかった。レトロな書体、古風な味付け、独特の湿気…。いまでこそ方々で味見を頼まれる人…

福岡県朝倉市秋月野鳥(のとり)にできた手仕事フォーラムのお店「秋月(あきづき)」開店を祝った翌5月16日、小鹿田の皿山を訪ねた。小鹿田焼の青い釉薬よりももう少し深い緑に包まれた窯場…

昔の物今の物の表題からすれば、それぞれの時代の作品をご紹介して、その対比から現代の手仕事の応援をすることが、表題の役目と考えています。しかし、これまでご紹介してきた各項でもお分かり…

たくみ割烹でハヤシライスをはじめて10年が経ちます。 ここの名物でもある鳥取和牛すすぎ鍋(シャブシャブ)のロース肉をスライスする際,両端やかぶりの部分がけっこうたまるのでその利用方…

つい数日前、2回にわたって京都の河井寛次郎記念館を訪ね、河井の居宅と仕事場を改めて見てみた。とくに今は手仕事フォーラムとしての家づくりに関わっていることもあり、建物のディテールを興…

雲助をご紹介します。 雲助とは、酒、醤油、酢等の液体を、醸造の大樽等から小分けして、他の容器に移す、謂わば中間移動用容器とでも定義すればよいのでしょうか。中間移動用ですから、ある程…

夜の造形が存在を露わにする。昼間は色や奥行きが悪く被写体にならないような風景も夜になると形が前面に出て、別物に見える。日中、太陽の呪文で固く縛られた「もの」が、夜には呪文を解かれ、…

私はこの仕事に入って以来、出西窯からの恩恵をずいぶん受けてきた。同時に私もこの窯に対して製品意匠のアイデアをたくさん提供し、製品へのアドバイスもおこなった。15年ほど前までは、年に…

山陰沖日本海厳寒の松葉ガニ漁がそろそろ終わりを告げる3月上旬。いよいよもさ海老漁がピークを向える。実質的には11月頃から漁は始まるが漁師達はお金になり鍋物にも最適な松葉ガニに狙いを…

島暮らし、いろいろなものがない。スーパーがない。コンビニがない。カフェがない。レストランがない。ケーキ屋がない。パルミジャーノ・レッジャーノがない。白胡椒がない。…食…

熊本県水俣の柏木芳雄さんの手による「おしめ籠」をご紹介します。 このおしめ籠、現地の言葉では「おしめメゴ」と言います。元々は同県の山鹿温泉で作られていた洗濯籠、その作り手が出来なく…

ここ2年の間に、付き合いの長い竹細工の職人たちが仕事を次々と辞めたり、亡くなられたりしている。この連載記事の第37回で、長崎県平戸島、川渕栄治さんの竹細工を紹介した際も、あと1~2…

以前にも沖縄の焼物をご紹介しましたが、現代の沖縄の焼物が手仕事の分野で、重要な位置を占め、また、今後も素晴らし作品を生み出してくれることは間違いないと思います。 私も、そのような素…

海外に行くと、異邦人になる。言語環境が一変し、自分一人だけよそ者になる。話しかけるどんな言葉にも言葉への信頼があり、聞きとるどんな言葉にも言葉への敬意があるような異国。地方に住むよ…

もやい工藝の「手仕事逸品の会」で出会った錆々の鋏。 小振りで無駄がなく、洗練されていながらもどこか素朴であたたかい。「用の美」を体現したようなきっぱりとしたかたちに心惹かれて、思わ…

宮城正享(みやぎまさたか)君は沖縄読谷(よみたん)北窯の4人の窯元の一人。私とのつながりは北窯の中で最も古い。いかにも沖縄人らしい顔立ちの宮城君は思いやりのある人。しかし、地味な存…

私には茶道の心得は全くありません、しかし、抹茶を喫することは大好きです。形式にとらわれずに美味しい茶碗で抹茶を味わいたいものです。茶道の源流が朝鮮の雑器を取りあげたことに習い、現代…

長崎県佐世保市郊外で竹細工を生業とし作り続けている野田利治さん。九州は豊富に竹が採れることもあり、それらを使った工芸品が様々に作られています。しかし、現在ではプラスチック製品の普及…

私は実のところ磁器が大好きだ。そのくせ、なぜかそのつくり手との関係は持続しない。以前、この連載記事の第20回「O君の磁器」で述べた通りだ。磁器という特有の焼物をつくる人が内面に共通…

浄法寺の食籠(じきろう)をご紹介します。 食籠とは、炊いた米等の食物を保存しておく容器です。ワープロで「ジキロウ」と入力しても「食籠」と変換されないところからも、現代では、最早存在…

5年前に世界遺産になった熊野古道は、紀伊山地の霊場――高野山、熊野三山、伊勢神宮を結ぶ修験道の総称である。このうち、メインルートともいえるのが、和歌山県南部の田辺市から熊野本宮大社…

どっしりと大振りで程よい厚みがあり、見るからに頑健。それでいて手に取るとひょいと持ち上がる驚くほどの軽さ。なんのデザイン性も感じない簡素さ、しかしバランスのとれたフォルム。どっしり…

島根県松江市玉湯町では江戸中期から布志名焼という焼物が焼かれてきました。この町の湯町窯は同じ県内の出西窯同様、民藝運動の影響を受け、かつて窯を訪れた河井寛次郎、バーナード・リーチ各…

隠岐には日本でも数少ない牛突きが残っている。御配流となった後鳥羽上皇が角を突き合って戯れる牛を見て喜び、慰められたことから隠岐の牛突きが始まったという。現在では島後(隠岐の島町)に…

昭和59年(1984年)、松本民藝家具の研究所の 庭先で「小鹿田焼の会」を催した際の1枚。 穏やかな表情を見せた池田三四郎さん (写真提供/もやい工藝)

掛硯と煙草盆の間にどの様な関連があるのか、首をかしげている方もいらっしゃると思います。強いて関連を挙げるとすれば、昔のビジネスマン(商人)、文人の座右にあった物とでも関連づけられま…

「生産者」という言葉は、まるで明治初期の翻訳語のようにどこか手触りが悪く、体になじまない。自然を背景とした「食」と、「生産」という語の機械的な響きがそもそも不釣合いだ。あるいは知的…

今年(2009年)6月、鎌倉「もやい工藝」にて、倉敷ガラス、小谷真三さんの近作展「吹きガラスの会」が催されました。会場で真っ先に私の眼をとらえたのは、ループタイ用のガラス玉でした。…

何年か前、手仕事フォーラムの集まりで、会員の音楽家K氏が「よい手仕事のお箸はないだろうか」と尋ねていました。その世界のトップランナーで、工芸品の熱心な蒐集家でもあるK氏曰く、よい手…

これは失敗談であり、残念なストーリーだ。同時にカゴやザル類など編組品に対する新しい提案をどのようにしていくべきか、その道を示してくれた一件である。

綴方は学校でばかりやっていられるものでもない。更に綴方の時間にのみ生まれるものでもありはしない。綴り方については先ずその人の生活している一個体としての自覚が緊要であることを思えば、…

春先から苺、メロン、スイカ、梨、葡萄、柿、そして冬というのが鳥取の果物の天然の甘味の暦ですが、今まさにスイカから梨へと変る季節です。スイカも梨も全国で1.2を争う生産量で、鳥取で梨…

数年前、鎌倉「もやい工藝」にてかたちと模様に惹かれて購入した小鹿田焼の水差し。どこか西洋のモダンさを漂わせるこの焼き物は、「リーチ型ピッチャー」とも呼ばれているとか。使いやすくて美…

江戸時代末期くらいから、秋田県に現在「楢岡陶苑」という正式名をもつ窯、楢岡焼がある。東北には各県に民窯(みんよう)と称される窯があるのだが、民窯といいつつも、農業用の容器を主に焼く…

どこの家庭にも柱時計があります。生活必需品と言ってよいでしょう。

旅に出て買うものはいつも決まっている。それはCD。旅の途中でラジオから良い曲を知って買いに行くのなんて最高だ。そこには旅した風景や空気の振動が詰まっている気がするから。「アルバム」…

青森県津軽、岩木山麓周辺には、昔からアケビ蔓、山ブドウ蔓の皮、イタヤやシナの木などの樹皮、根曲竹(ねまがりだけ)などを用いた農具をつくる人がいたことは民俗誌に記されている。平成に入…

去年の9月のこと。奥出雲での仕事を終えて、松江の宿に帰ると夜も7時を過ぎ。「信号機がある」本土での運転は少し緊張するので、ちょっと疲れていました。7時か・・・。松江の夜は早く、駅前…

民芸、手仕事とは多少趣を異にしますが、伊万里有田(以下有田と言います)の赤絵磁器の流れを追って行きたいと思います。 有田の磁器は、文禄、慶長の役で連れてこられた朝鮮の陶工により始め…

伊賀丸柱へ行くために、いつもタヌキたちの町を通り抜けていながら、なかなか調査の機会がなかった、信楽焼。規模の大きさもあって、どこから手をつけてよいやら、と避けていたところがありまし…

私が小谷真三さんの名を初めて知ったのはいつだったのかは記憶が無い。35年前、民藝店を自分で始めようとしていた時には、何となく「倉敷に小谷真三さんあり」と知っていた。民藝に携わる人な…

電話をとったときに向こうが話し始めるまでちょっとした間がある時は、初めての電話であることが多い。そして、それは問い合わせだったり、地元の人からの電話だったりする。島の中ではいわゆる…

手仕事フォーラムは2003年以来、伊賀丸柱の三つの窯元と関わって、土鍋の新作づくりに取り組みました。そして、04年の調査レポートでは名を伏せて紹介されている「松山製陶所」の深土鍋な…

一年以上前に一目惚れで手に入れた沖縄荒焼(無施釉焼き締め陶器)の甕。用途としては 泡盛の貯蔵(熟成)用で、沖縄では酒甕(サケガーミ)と呼ばれます。私もその用途に忠 実に自家製古酒を…

柳瀬朝夫さんが過去にどれだけ優れた物をつくっていたかを端的に知るには、最初の日本陶芸展に出品された物を見るのが良い。その後も2回ほど、柳瀬さんをはじめ、小鹿田の陶工は日本陶芸展に出…

2004年6月に「伊賀丸柱青土瓶」の調査レポートが書かれています。手仕事フォーラムとして初めの伊賀丸柱調査で、つくられなくなったと思われていた伝統の土瓶が再現されているのを発見、新…

豊臣秀吉の文禄、慶長の役により、朝鮮の多数の陶工が日本に連れてこられました。日本の焼き物が、その後飛躍的に進歩したことは周知の事実です。そして、現代まで通して、日本の焼き物には、朝…

その紹介写真の中で、私の目が一瞬釘付になった箕のような笊のようなものがありました。文章を読み進めてみると、「マタタビ皮と篠竹を編み込んだ箕があり・・・」とありました。この事かと思い…

第2回日本陶芸展(1973年)の会場で、小鹿田焼の陶工、柳瀬朝夫(やなせあさお)の存在を初めて知った。同じく小鹿田の陶工である坂本茂木さんが出品した大きな壷で最高賞を受賞した時だっ…

須賀敦子さんの著作に「塩一トンの読書」というエッセイがある。「塩を一トンなめてみなかれば、他者のことはわからない」と、イタリア人の義母が時折口にしていたことを回想しながら、本という…

山々をおおっていた雪も解け、かろやかに流れる川のほとりに鮮やかな緑と黄色の菜の花畑が目に入ります。普通食用にするものは、花が咲く前のつぼみの状態であまり背が高くないものを使います。…

縦に長く切り立った造形が魅力なこの籠を、私は鎌倉の工芸店もやい工藝で塵籠として使われているのを見て以来、いつかは手に入れたいと思っていました。しかしそのもやい工藝でもなかなか入荷す…

平成になったばかりの頃、日本民藝協会の仕事で全国の手仕事調査を開始した時のことであった。私は岩手県の竹細工を調査する必要があったので、県内をくまなく歩くことになった。とはいえ、岩手…

かって鳥取で最大の漁獲高を誇っていたのは、対馬海流に乗ってやってくる海を埋め尽くす程の銀色に輝くイワシでした。明治時代からその量は長年ダントツ日本一でその中心的母港は鳥取最西端にあ…

隠岐・海士町に上陸し、一夜の宿を島人に求めても、「あまりに畏れ多い」と、断られ、粗末な家で半野宿をした後鳥羽上皇は、現在三穂神社が鎮座する崎地区の土地で、

九州では地域別に特徴ある竹細工が見られる。平戸島の竹細工も九州の他の地域とはまったく編み方が異なることに気づいたのは、この仕事に入って間もない頃だった。 平戸島の竹細工は、戦後間も…

いずれも昔の物です。「ひあげ」とは、酒等の液体を注ぐ容器とでも定義すればよいのでしょうか。漢字では「酒上」と書いて「ひあげ」と読ませます。陶磁器で言えば大片口と用途は同じです。しか…

島根県津和野町は山間の小さな城下町で小京都ともいわれる美しい町で知られる。(ちなみに津和野町駅近くの今話題の安野光雅美術館は我が住居兼店舗を私と設計した八王子・番匠設計小町和義氏が…

学生時代、私は武蔵野美術大学で宮本常一先生のもとで、民衆が一般に使う暮らしの道具(民具)の収集に携わったことがあった。先生は「あと10年もすれば、日本の社会の中から手仕事でつくられ…

お昼時、たくみ割烹に老若男女いろんなお客様がお見えになるが、注文の中で一番人気松花堂弁当、早い話が日替わり定食である。実に全体の七割強のお客様がこれを召し上がる。(ただ日常の食材を…

いずれも昔の物です。 洋鋏はその名のごとく西洋からもたらされた鋏です。中国経由か、またはポルトガル船によってもたらされた物か定かではありません。しかし、便利で使い勝手が良い物である…

初めての合わせの後に、「どうだ、楽しいだろ?」と、ドラムのマコさん。ちびっ子たちにレスリング(「ちびレス」)を教えたりしていて、「おまえも子供ができたら、わしがレスリングおしえっけ…

現在発売中の雑誌「ディスカバー・ジャパン2号」(エイ出版)の中で、目黒「クラスカ」の商品企画ディレクター大熊健郎さんが推薦したスリ鉢を目にして刺激を受け、堀越焼を取り上げたくなった…

いずれも昔の物です。 「昔の物、今の物」でも、その(16)で松代の片口をご紹介しました。そこでは、同じ窯場でも、火の洗礼を受けることにより、作品が多様な変化を見せることをご紹介しま…

『工藝53号』(昭和10年5月15日発行)によると、民藝に興味をお持ちの方なら誰でも知っているスリップウェアーのあのバーナードリーチが、鳥取の民藝のプロデューサー医師でもある吉田障…

今月は何かと締め切りが多い。師走前からせかされているようだ。隠岐の教育委員会が発行している『隠岐の文化財』という郷土文化誌にレヴィ=ストロースの隠岐紀行を載せて欲しいということで、…

2008年11月27日 岩手県盛岡市青山町 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:久野恵一、久野康宏、大橋正芳

鳥取で果物と言えばまず第一にあげられるのが皆様ご存知、二十世紀梨ですが、実はもう一つかくれた銘品と申しますか、全国一の生産量を誇る果物があるのです。それは花御所柿といって、県の東部…

「昔の物、今の物」でも、その(11)で線香立てを、その(20)で行燈皿をご紹介しました。もともと瀬戸は日本における焼き物の原点と言えるほどの窯であり、営々と日常使いの美しい品物を作…

1972年頃、私は「もやい工藝」を設立したばかりで、同僚のメンバーが運転する車で、仕入れや視察のために九州各地を車で回った後、山陰にも足を伸ばした。その際に、最初に立ち寄った窯元が…

ものの見え方は、光と影の中で随分と変わってくる。そのことを最初に刻んだのは、舞台の上だったのかも知れない。高校時代は演劇部で光を当てたり、光に当たったりしていた。 スポットライトに…

2008年9月28日 鹿児島県姶良郡加治木町 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:久野康宏、鈴木修二、北川周

昔の物、今の物のご紹介から少し離れますが、民芸の作家の物をご紹介します。 手仕事によって、生み出された品物には、昔からの長年に渡る制作によって、使いやすい大きさ、形に収斂され、現代…

大根といえば一般的なイメージは旬な晩秋からで、冬の寒い時期におでんとかふろふき大根、ぶり大根にしてふーふーしながら甘みも増した大根にそのしみ込んだ素材の旨味を楽しみながら食べる・・…

初めて隠岐海峡を渡ったのは、今から約10年前のこと。隠岐から神職免許を取りに来ていた知人の誘いで、初めて隠岐を訪れた。鹿児島県の屋久島を訪れた後、松江まで青春18切符を使って鈍行電…

坂本茂木さんはさまざまな意味で天分を持った人だ。文学的センス、芸術的センスなど、すべて兼ね合った才能。そういう才能を持つ人は何万人に一人は、必ずどこかにいるものである。茂木さんはた…

暑い夏がやってきました。夏の暑さを凌ぐため、昔も今も人々は、生活の中に涼を求めてきました。食器についてもまたしかり。ブログ等でも多数の方が紹介しているとおり、磁器やガラスが使用され…

高さ9センチ、口径6.5センチのモールグラスです。砂漠を吹きわたる風が、偶然残していった風紋のような模様が入っています。

坂本茂木(しげき)さんが小鹿田焼の優れた陶工というより、才能を持った工芸家であることを最初に教えてくれたのは、民藝の先達である鈴木繁男さん(柳宗悦の門下生の第一人者であり、漆芸をは…

今が一番旬の貝で、山陰の夏の味覚の代表格である天然の岩ガキやさざえといっしょに堂々と店先に並べられています。

「塩も砂糖も」という訳ではありませんが、最近は島の素材を活かしたスイーツ作りもコーディネートしています。何もないところから始まった塩作りですが、気が付けばパティシエとのつながりも少…

昔の物と今の物を対比させようとする時、その生活様式の変化から、現代では作られていない物も多く、なかなか対比が出来ないことがあります。また、昔からの伝統の有る民窯は、昔が和食の生活で…

その後、2ヶ月に一度の鳥取行きになり、その度ごとに中井窯に立ち寄っては、坂本實男さん、章君にアドバイスしつつ新作品づくりを重ねて1年経ったころ、納得のいく物が出来上がってきたので、…

梅雨時期で製作されていない頃だとは分かっていましたが、せっかく近くまで来たのだからとツヅラカガイの製作者である下屋敷さんにお会いする為に、お宅兼工房のある鹿児島県さつま町の山深い集…

“カルイ”調査の為に、天岩戸伝説で知られる(天岩戸神社がある)宮崎県高千穂町を訪れました。岩戸川渓谷に掛かる橋からの眺めはとても美しく、古来神々が集まった場…

竹細工(カルイと呼ばれる背負いカゴ)調査の為に宮崎県高千穂町を訪れました。当初の目的である“カルイ”の製作者宅を訪れたのですが生憎不在のようで、困ったなと同…

前年、同時期にもあご(飛魚)について紹介し、光に集まってくるその習性を活かしたすくいあご漁のことを、鳥取の夏の風物詩として書かせて戴きました。(現在は低効率の為、その漁法の漁師の数…

昭和のはじめ、「民陶」と呼ばれた各地方の窯の製品は周辺農漁村の生活用具としての壺、甕(かめ)類、小物でもせいぜい鰊鉢(にしめばち)、片口、すり鉢などの道具的な器程度の物で、現代のよ…

島の春は強風の中にある。隠岐の島各島を結ぶ小型フェリーの欠航もまれではなく、障子を揺らすような朝には島内放送の欠航案内を寝床の中で予想する。波と島の生活は、密接なもので、天気と波の…

高さ20センチから30センチの壺をご紹介します。いずれも昔の物です。今の物との比較ができれば良いのですが、生活スタイルの変化により、壺類は、現代の実用から外れてしまいました。現代の…

緑まばゆいこの季節、吹き渡る風にも春の香り…というよりも初夏の力強ささえ感じ、沖縄では五月の風(うりずん)吹き抜けるこの時期は一番すごしやすい季節の様です。ここ鳥取で…

日本各地にはかつて竹細工の産地があった。本州の産地といえば、根曲がり竹細工をする青森県岩木山麓、スズ竹の岩手県一戸周辺、篠竹細工をする宮城県岩出山、篠竹が主な新潟県佐渡島真野町周辺…

前回に引き続き、小鹿田のもう一人の優れた工人の作品をご紹介します。 優れた作品の前では、昔の物、今の物の区別も、また、作品解説も不要でしょう。ただただ作品を見て頂きたいと思います。

4月に入り、山菜や春野菜が市場を彩り始め、長かった冬のようやく終わりを告げたようです。鍋よさらば。春の香りよ

鳥取県青谷町山根で作られている石原幸二さんの丸小鉢です。高台のないシンプルな形で、和食にも洋食にも合います。形は定番で作られており、サイズは大小2種類あります。毎年展示会の度、色や…

私が日本民藝館展(以下、館展)の運営委員として関わって20年になる。この館展には、入選、準入選、選外という結果に対して、どこが良かったのか、どうして落選したのかなど、審査員が出品者…

小鹿田の蓋付大壺(らっきょう壺)をご紹介します。 手仕事フォーラムを御覧の方には、すでにお馴染みのものでしょうが、やはりご紹介せずにはいられません。 昔の物、今の物として、このコー…

手仕事フォーラムの発起人でもあり、手仕事フォーラムの有力な手伝い人であり、つくり手である永見克久君の仕事を紹介する。

春には雄々しく桜が参道を彩る隠岐神社のすぐ横に、言われないと見落とすような小道がある。辿っていくと、途中使い古されたバスが自然に埋もれそうになりながら佇む。島で時折見かける廃車の姿…

瀬戸の行燈皿をご紹介します。いずれも昔の物です。 行燈皿は、電気のない時代の光源として、灯明を燃やしていた時代には、その受け皿として、なくてはならない物でした。生活必需品として、大…

毎年12月の中旬に鳥取県の高校生の料理選手権大会というのが有ります。各高校を代表して6人で1つのチームを作り、決められたテーマの食材を使って決められた時間内に料理を作り、競うという…

日本各地にはまったく注目もされない、知られざる多くのつくり手がいて、その中に素晴らしい造形力と技術力をもった希有なつくり手がいる。彼らはことさら自分を売りこもうとせずに、ただ注文を…

大寒も過ぎて、今が最も甘味と旨味が強いとされる鳥取の冬の味覚の王者松葉ガニですが、漁獲高は、この4~5年保護の効果もあり安定はしてきてはいるものの、やはりかなり高価な食べ物と言わざ…

県内でただ一人「しまいべ織]28年 晴耕雨読の暮らしが生む作品 2008年1月7日 語り手:岡崎典子(手仕事フォーラム会員)

現代生活に於いて、和洋問わず、いろいろなシーンが同じ土俵に乗って来るのが日常茶飯事です。

福島県の奥会津、檜枝岐(ひのえまた)には33年前、車の免許を取得して間もない頃、初めて訪れた。それ以前にも民藝関係の書物で檜枝岐という地名を目にしていたし、学生時代に宮本常一先生の…

自在の横木をご紹介します。 自在の横木とは、囲炉裏の火の上に鍋等を掛ける時に、天井の梁等から降ろした鈎の付いた棒または縄の長さを調節する横木です。この横木は、一種のてこの原理をうま…

手仕事調査で初めて南九州を訪れました。以前より魅かれていた土地なので、旅の前から期待で心が膨らんでいたのですが、昨年末、待望の鹿児島入りを果たしました。 今度の旅も手仕事フォーラム…

今年でフランスの構造主義人類学者クロード・レヴィ=ストロース(1908-)の隠岐来島から30周年を迎える。この記念すべき節目の年を迎えるにあたって、当時の様子を知る方々のお話をもと…

木彫人形十二支に魂入れ続け65年 朝、目覚めたときから干支の気持ちに 2007年12月11日 語り手:岡崎典子(手仕事フォーラム会員)

この秋、遠く秋田に移り住んでいる古い友人からじゅんさいを戴きました。 酢物にしたり、すいものや赤だしの上にチョロっとのせるアレです。 鳥取ではなかなか目にふれる事のない貴重なものな…

私がこのマフラーに出会ったのはちょうど二年前になります。銀座での出会いでした。銀座四丁目“ギャラリーおかりや”にて、この時期(晩秋)恒例として毎年開催されて…

2007年11月29日 岩手県一戸市姉帯 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:久野恵一、大橋正芳、久野康宏

益子の梅絵土瓶です。 丁度、両手に包み込める程の大きさです。大量に作られたのでしょう。梅の絵の筆さばきが素晴らしく、絵が生き生きとしています。また、轆轤の技も冴え、器体はうすく仕上…

落ち着いた色合いのやきもの ゆったりした心地に 2007年11月10日 語り手:青谷町願正寺住職衣笠告也(手仕事フォーラム会員)

街路樹がうっすら黄色味を帯び、朝晩の空気がひんやりしてくると、そろそろ、いやもう少しと出番が待ち遠しいものがあります。それは、蟻川工房のストールです。

先日、鳥取の農家が直接持ち込んで販売している直売店でおもしろいものを発見しました。「さまつ」と書いてあり、形、姿はまったく松茸なのです。一本が150円~200円位なのでダメもと?と…

2007年10月22日 福岡県朝倉郡東峰村小石原 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:久野恵一、大橋正芳、久野康宏

丹波立杭・生田和孝氏に師事 使うほどに暮らしに生きる誠実な器 2007年10月19日 語り手:青谷町願正寺住職衣笠告也(手仕事フォーラム会員)

昭和初期に柳宗悦等によって、民芸という分野が創作されて以降、この考え方に立脚した個人作家が現れ、現代まで続いています。この内、陶芸の分野においても、多数の優れた個人作家が存在します…

新婚旅行で出かけた鳥取のたくみ工芸店で手に買い求めたこの茶碗。朝に夕に、この十年間で何度食卓に登場させたことか。

今回は盛岡郊外で磁器の焼き物をつくっている陶房の仕事を紹介しよう。O君とEさんの夫婦が営む小さな工房だ。ただし、今回取り上げる良品は、現在進行形の仕事ではない。O君が“…

9月10日に終わった盛岡での「盛岡・岩井澤家フォーラム」には、楢岡焼窯元・小松哲郎、潮の父子も参加くださいました。楢岡窯は現在窯を修理中なので帰りがけ寄る約束をして、11日の夕方訪…

いかにも、民窯と言った趣があります。中部、関東以北では、いわゆる海鼠と緑の釉薬は一番ポピュラーな釉薬でしょう。このポピュラーな釉薬を使っても窯場によって、それぞれ趣が違います。また…

民話をもとに,ぬくもりの200種 「少し向こうに行かないと…」 2007年9月9日 語り手:加藤直子(手仕事フォーラム会員)

そば猪口というと伊万里の物を思い浮かべる方は多いのではないでしょうか。私もそば猪口と聞くと古伊万里の藍と白のコントラストの美しいものを想像します。

鳥取に全国的にも有名な港、境港が犬(鳥取県)のしっぽの先のところにあります。例の北朝鮮の船が日本で一番多く立ち寄る港です。ただこの1~2年、北朝鮮からの紅ずわいがかつての10分の1…

平成5(1993)年、私は沖縄の焼き物のつくり手、山田真萬さんと那覇市の壺屋を回った。手仕事日本展に出品する沖縄のやちむん(焼き物)を探していたのだ。当時の私が関わっていた、やちむ…

さる八月十日に小鹿田焼共同窯の窯出しがありました。毎年恒例になっていて、盆前には各窯元は窯出しして、製品を仕分けて出荷後、お盆を迎えます

県東南部、中国山脈の山々に囲まれた智頭町土師。小さな無人駅のすぐ傍から“カァン、カァン”という勢いの良いリズミカルな音が聞こえてきます。 この地で刃物鍛冶を…

竈面をご紹介します。 縦の長さが一尺以上もある木彫りのお面です。

小さなひまわりを生けた花瓶に敷いたら、そこだけさわやかな風が吹き抜けるような清涼感。沖縄で生まれた芭蕉布には、やっぱり夏が似合うな、と思います。

日本民藝館の蔵品の中に「横駄カゴ」という素晴らしいカゴがある。これは今の時代で言えば、コンテナのような役割の大きなカゴで、岩手県の北東部、三陸海岸を臨む港町、久慈でつくられていた。…

今が旬のあごについて前にも紹介しましたが、10年くらい前まではどのあごにも一対の卵が入っていたものでした。しっかりとした皮でおおわれ、中はムチっとした歯ごたえで粒を噛むとプチッとは…

土地の歴史は地層のように潜在化している。歴史的建造物や記念碑は顕在化しているが、その意義も顕在化しているとは限らない。例えば、海士町の玄関口・菱浦港から歩いて5分ほどの所に小泉八雲…

ピッチャー(水注)をご紹介します。 日本においては、木器、漆器が発達していたため、昔の焼物による水注はほとんどないのではないかと思います。伊万里で、手付きの注ぎ瓶を1600年代後半…

鳥取県境港市、弓ヶ浜半島にある、嶋田悦子さん、田中博文さんの「工房ゆみはま」で作られた小銭入れです。麻の葉の絵絣が用いられています。

2007年6月28日 大分県日田市 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:人物・風景=副島秀雄、焼き物=久野康宏

「鳥取民芸木工」の伝統を受け継ぐ 美しさに使い心地のよさ 2007年6月28日 語り手:加藤直子(手仕事フォーラム会員)

民藝関係に詳しい方や食べ物に研究熱心な食いしん坊の方ならご存知の方が多いかもしれませんが、今、俗に云う‘しゃぶしゃぶ’は、鳥取の「たくみ割烹」店を創った吉田…

16歳から陶工の道に入ったという木村三郎さんは、ひとつの急須を2~3分で作り上げてしまう魔法のような手の持ち主です。「作ることは教えてできることではない。同じかたちのものを何千個も…

木の作品をご紹介します。 下の二枚の写真は、いずれも木製の飾り台です。幅が約40センチあります。飾り台としては小振りで、現代の家庭でも、使うのに丁度良い大きさです。いずれも明治頃の…

全国的にカキと云えば“Rの付く月以外は食べるな”……つまりカキは11月から2月までが旬とされ、冬期が一番出回る時期なのですが、そ…

現代に合うモダンな絵絣を 絵絣の新たな可能性を求めて織る 2007年5月31日 語り手:青谷町願正寺住職衣笠告也(手仕事フォーラム会員)

2007年5月21日 熊本県水俣市湯出温泉 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:人物・風景=副島秀雄、竹細工=久野康宏

いずれも、五寸の組皿で、今の物です。 上の写真の皿は、今から35年前に会津本郷で求めた物です。35年間、私の実家で煮物やおでんの取り皿として、働いてきました。この皿も、母が亡くなり…

「ふっくらとして、まろやか。奥深い美しさ。」弓浜絣に触れたとき、その包み込まれるような優しい風合いに、惹きつけられました。 鳥取県西部、白砂の美しい弓状の半島、弓ヶ浜。この砂地を利…

大分県日田(ひた)市の北に「小鹿田(おんだ)皿山」と呼ばれる集落があり、窯元は10軒が手作業で日常の雑器としての焼き物をつくっています。日用使いの器のため、どれも手に入れやすい価格…

福岡では大体どの居酒屋でも普通に出される料理で、鯖の刺身を胡麻と醤油、薬味などで和えたものです。

2007年4月23日 島根県石見地方 語り手:久野恵一 / 聞き手:久野康宏 / 写真:人物・風景=副島秀雄、焼き物=久野康宏

島根半島沖、約60キロの日本海に浮かぶ隠岐諸島、中ノ島。この地は古来より海士(あま)と呼ばれ、平城京や平安京に乾燥鮑などの海産物を貢納してきた漁撈の民・海部(あまべ)の郷として知ら…

線香立てをご紹介します。いずれも昔の物です。 上の二枚の作品は、いずれも瀬戸の線香立てです。一枚目は線彫りに飴、青を差した黄瀬戸、二枚目はシャープに彫りを入れた黄瀬戸です。昔の物と…

民芸窯の伝統継ぎ新しい世界に挑む 鮮やかで深い色の作品心象にインパクト 2007年4月5日 語り手:青谷町願正寺住職衣笠告也(手仕事フォーラム会員)

愛知県瀬戸地方の調査(愛知県立陶磁資料館、瀬戸蔵ミュージアム、瀬戸本業一里塚窯、小春花窯など)を終え、次に目指すは長野県松本市。一路松本を目指し中山道と平行して走る国道19号を北上…

今の生活の中で、籠(かご)や笊(ざる)などの組編品を本来の用途で使用するのはかなり難しく、都会生活においてはなおさらの事であります。しかし、地球上で「物を楽しんで使う」特権を与えら…

平成12年(2000年)、日本民藝協会が「手仕事の日本展」を金沢で初めて開催するにあたって、周辺の手仕事を探ろうということになった。実はその8年前、私は金沢市周辺で箕(み)の製作者…

ある人類学者の著書が「今、私はブラジルにいる」という印象的な出だしで始まっていた気がするが、それにならってこの小文を始めるなら「今、私は隠岐にいる」と言うところだ。かつてラフカディ…

陶磁器のご紹介が続きましたので、少し息抜きに、版画をご紹介します。民芸に興味をお持ちの方が、版画と言うと、まず棟方志功の木版画を思い浮かべるでしょう。確かに棟方志功は、独特の美的感…

尾崎さんは、地元竹細工組合の下請けとして、趣味的なものから実用品まで様々なものを依頼され、製作しています。この買い物籠もそういった注文の中のひとつとしてあった形状で、特にこの地方の…

沖縄の読谷村を僕が初めて訪ねたのは24年ほど前。それまでは、沖縄の焼き物(やちむん)に私自身が関わるのは少し抵抗があった。学生時代の社会問題を考えると、後ろめたさを覚えて、なんとな…

異国情緒漂う佐世保市街地から唐津へ向かう途中、野田竹細工店を訪れました。

いずれも伊万里の皿です。 一枚目は初期伊万里と言われる西暦1640~50年頃の皿です。 二枚目は西暦1700年以降の皿です。 そして、三枚目は現代の皿です。いずれも味わい深い皿です…

休みの日は、土瓶にたっぷりお茶を淹れてのんびり過ごします。そんなときにぴったりなのが、写真の土瓶。食卓に置くだけで、気分は休日モードです。この土瓶は、読谷村北窯のものですが、もとは…

私が武蔵野美術大学(通称、武蔵美)に入学して間もなく(1968年)、宮本常一先生の生活文化研究会に私は出入りするようになった。その頃、諸先輩が宮本先生からテーマを与えられて各地へ旅…

漆椀をご紹介します。 いずれも昔の物です。 一つは、南部の箔椀です。四つ組のうちの主椀のみを掲げます。 最も上手の物ですが、その形と意匠の素晴らしさは現代の製品を超えるものがありま…

この三枚の写真の抱瓶(だちびん)は、時代で言えば、いずれも「今の物」と言えます。また、一枚目と二枚目の写真の抱瓶はすでに亡くなられた工人の物です。 抱瓶は、昔から趣味性の強い一品物…

小鹿田焼との出会いは、5年くらい前に飛び鉋の平皿に出会ってからでした。大分県出身であることもあり、小鹿田という名前は聞いたことがありましたが、それまで興味を持っていなかったためにど…

あけび蔓(つる)細工のつくり手、中川原信一さんの父、中川原十郎さんに出会ったのは、33年ほど前、民藝店を始めようと思い、全国各所を回っている時だった。その時期(昭和47年)に新宿の…

一枚は、手仕事フォーラムを御覧の方には、ご記憶にある大鉢だと思います。 これは、「手仕事フォーラムの選ぶこの逸品」の「古唐津写しの小鹿田焼茂ちゃんの大皿」で紹介された古唐津の大鉢(…

「これが、手仕事なのか!」。棕櫚(しゅろ)の箒(ほうき)との出合いは衝撃でした。自然の素材のあたたかさ、長く使い続けることができる堅牢さ、実用性から生まれた形の美しさ、一つひとつに…

いずれも端正な形をしています。一方は約150年前の物、もう一方は現在活躍中の工人の物です。 私見で恐縮ですが、現代の沖縄の焼物は、厚手でボッテリとして、どこか粗野な印象があります。…

松本民藝家具の創始者、池田三四郎に託された見本をもとに、龍門司焼の新作飯碗ができた。それから間もなくその飯碗を携え上京した、つくり手の川原史郎を連れ立って、日本民藝館に田中洋子さん…

表題は「昔の物今の物」ですが、今回は、いずれも昔の物です。 この二つの重箱は、今の精緻な漆塗りから見ると、粗野にも見えますが、大らかな漆絵は遊び心とほのぼのとした暖かさを感じます。…

この写真の壷は、私の関係する小鹿田焼展のDMにした作品です。案内状ですから展示全体の内容をはがきの中に凝縮しなければなりません。その中で選んだこの壷はあまりに存在感が強く、他のどの…

私がこの民藝の仕事に入ったのは昭和47年。その頃、全国の民窯(みんよう)地図の、鹿児島県には苗代川と龍門司という2つの窯が載っていて、独特の名称に惹かれたものだった。当時はそれらの…

龍門司の「からから」は、今から200年以上も前から、同じ形で作り続けられています。薄くひかれ、青や飴を流す手法も変わりません。民芸の品と言うと、厚手で重いとの印象がありますが、この…

いずれも、飴釉と青釉の鉢皿です。一方は、約300年以上前に出来た鉢皿です。また、もう一方は、現在も現役で作り続けている陶工の作品です。 いずれ劣らず、迫力を感じます。ここまで来ると…

ご紹介するのは、すでに皆さんよくご存じの土瓶です。一方は骨董店でしか買えませんが、もう一方は現在も生産されています。いずれも良い形をしています。今生産されている物の中にも昔の物に負…

ようやく秋らしい景色が見え始めた10月3日、前日の龍門司窯から足を伸ばし桜島を横目に鹿児島県日置市吹上に向かいました。 吹上は以前、伊作城を中心として栄えた町で紙漉きが盛んに行われ…

沖縄の器には、独特の存在感があります。なかでも、唐草紋の器は、いつか欲しいと思っていました。

戦前の日本の手仕事を網羅した、柳宗悦の著書「手仕事の日本」。この本が発刊してから60年経ち、その後の日本の手仕事の現状を日本民藝協会として探ってみようという話があったのは1990年…

径尺6寸(約48cm)の大皿がある。5年ほど前、友人と福岡県八女の古物屋で買い求めたものだ。

1971年8月、夏休の一ヶ月間、宮本常一先生の生活文化研究会に属し、民俗の勉強をしていた学生の私はゼミの仲間とともに能登半島で民俗調査をおこなった。毎晩のように議論を熱く交わしたた…

東シナ海に面する吹上浜は日本三大砂丘の一つとして知られています。浜に面して公園・レクリエーション施設が整備され近隣の憩いの場所として利用されています。一方海岸から1km内陸に入ると…

私自身が木工品を推薦する場合、好みもあるが、だいたいが拭き漆(うるし)をほどこした物となる。これは木地面に生漆を薄く塗りつけて、布で拭き取りながら丹念に磨いていく手法だ。世間一般の…

加治木町の風景を代表する場所が蔵王岳と龍門滝です。龍門滝は高速道路から鹿児島方向に向かうと丁度真正面に見えてきます。この滝はむかし唐から来た人が故郷の龍門の爆を見ているようだと言っ…

今回は龍門司窯の仕事場調査に加治木町を訪れました。 車で工房へ向かう途中、九州自動車道加治木インターの東側に特異な形をした山があります。山の名前は蔵王岳、標高161m。頂が平らに切…

私が民藝の世界に入って間もない33年前の1973年、熊本にある民藝館(現在も存在する)を訪ねたときのこと。そこに展示されていた熊本県球磨(たま)地方、五木(いつき)の里でつくられて…

北東北手仕事調査二日目、午前中に訪れたのが岩木山麓の竹細工店。目的地に向かう途中、道路両側一面に拡がるのは林檎畑です。その林檎の収穫に使う収穫用手提げ籠を、この一帯では古くから盛ん…

北東北手仕事調査一日目、朝一番の秋田行き飛行機で秋田入りし、最初にまず訪れたのが大館の曲げわっぱ”柴田慶信商店”。 工房を訪れると作業中の柴田さんがいらっし…

竹細工ができる職人さんが年々減って行く中、千葉県南総の手仕事調査の1日は新しい竹細工職人さんに巡り会えるかがポイントになりました。まず手掛かりを得るために手仕事フォーラムリーダーの…

南総手仕事調査の一環でこの度訪れたのが、千葉県館山市郊外に工房兼お宅を構える“唐桟織”の斉藤裕司さん。斉藤さんは四代目にあたり、静かな面持ちの中に芯の強さと…

松田共司さんは、沖縄県読谷村北窯の4人いる親方のうちのひとりです。沖縄の地域に根ざした、伸びやかで力強い器づくりをしています。 「薪窯が全てを決める」と共司さんは言います。13房も…

沖縄那覇市の中心街に工房を移した奥原硝子が最近、注目を集めている。その理由のひとつは再生ガラスを素材とする、ガラス器をつくり続けていることが、リサイクルという観点で評価されているか…

1996年より鳥取民藝美術館の美術顧問として展示する仕事を引受けた。一回のテーマごと約250~300点ほど、年3~4回プロデュースすることとなった。選択の際に参考としたのは蔵品目録…


たとえば茶碗や皿の場合、胎土(素地そのもの)を成形し終えてから、高台(底に付けられる台)のかたちをつくる。その際に用いる道具が鉄製の鉋(かんな)で、土が半乾きの状態で表面を削り落と…

大分県日田(ひた)市の北。福岡県との県境に近い山中に小鹿田(おんだ)皿山と呼ばれる集落がある(皿山とは北九州地域で窯場を指す)。長男が継ぐ世襲制をとっているため、現在、窯元は10軒…

10月12日水曜日、たくみ工芸店顧問久野さんとたくみ工芸店主任竹本さん、私の三人で鳥取を出発。11月に予定をしている展示会「出雲の手仕事」の為、出雲へ向かいました。私にとって初めて…

木村三郎さんの轆轤(ロクロ)さばき 益子に木村三郎さんの窯を訪ね、益子の焼き物、益子の現状についていろいろとお話を伺いました。お話のあと、益子随一の轆轤名手の手さばきを実際に見せて…

鳥取県庁の知事室に・・・地産地消課の部屋に・・・そして、私たちの食卓に・・・。因州中井窯の器が、しっくりと溶け込んでいる。日本陶芸展で優秀作品賞に選ばれた坂本章さんってどんな人?ど…

●優れた特産品と地域の活性化 町内合併して大崎市となった岩出山町は、東北各地の地方町とさして変わらぬ街並みで、特に古い町屋、家並みや手仕事が残っているというわけではありません。です…

●駆け足旅行の始まり・北限の筍 さる5月12、13、14日と、南東北を車でぐるりと廻ってきました。毎年4月上旬から中旬にかけて、桜の北上と共に盛岡、久慈、角館まで足を延ばすのですが…

鳥取県岩美町と言えば、海にまつわるものが思い浮かぶ。山陰の松島と呼ばれる美しい海岸線。夏は海水浴場に、冬はカニツアーなどで関西などからも多くの観光客が訪れる。が、忘れてはならないの…

「磨き土器」という何やら太古の香りがする響きに惹かれて、やってきたのは茨城県筑波山麓。お会いした磨き土器職人・横田安さんは、この道早や50年。自ら瓦を積んで作った窯も、使い続けて3…

少し前まで、真壁周辺は竹細工の産地という訳ではなかったのですが、集落には数件ずつ、農業の傍ら竹細工に従事する人たちがいました。近隣の住民の為に農具や、その他実用品を作っていたのでし…

小石原は、福岡県朝倉郡の小村ながら九州を代表する陶器産地で、昔から庶民が日常に使う器を焼いてきました。

今回の調査報告は富山県氷見市。石川県との県境に程近い山中の集落、三尾で作られている「お神酒口」についてです。 三尾周辺では以前より竹細工が盛んで、ソウケ(米あげザル)などの農具や炊…

「能登和紙」という名を聞くと、なんとなく俗にいわれる「民芸紙」的なイメージを思い浮かべます。そうした思い込みのお陰で、能登を歩くことが多いのに和紙の里を訪れたことはありませんでした…

他の地域に比べ東北には、まだまだ健全で美しい手仕事が数多く残っています。それらを調査する為に宮城、岩手、秋田を訪れました。その際に訪れた場所の一つが、岩手県は盛岡市にある蟻川工房で…

骨董趣味の人達が必ずといってよいほど共通して唱える言葉がある。「昔のものは佳いが、今のものは魅力が乏しく欲しいものがない」。

梅雨明け間近の九州で、鋼でできた白い刃先が太陽光線浴びて鋭く光っていました。それは、光を全て吸収してしまいそうな程真っ黒な黒錆のついた根元の部分と対照的です。強さを感じさせる黒と、…

尾崎さんは昭和7年生まれの72才。竹細工職人では若い方ですが、しかし腕前は県内隋一と言っていいでしょう。材料を竹材業者より購入する職人が多い中、良質な用材を求めて竹を自前で採りに行…

天然素材にこだわり、藍染を愛し、純真な気持ちで織り上げた素朴な木綿布を日常のくらしに取り入れ、人生の伴侶として身につけ用いることを、切に願いました。

ふっくらとした胴に、短めの注ぎ口。上にかけられた緑釉の深い白緑。存在感がありながらもどこか愛らしい伊賀丸柱の青土瓶。今ではもう作られなくなったと言 われていたこの煎じ土瓶を現在の丸…

日本の暮らしは陶磁器が主ですが、西洋はガラス製品の占める割合が多い為、伝統的によいものが生まれてきました。しかし、今はこのようなよいピッチャーにはめぐりあうことができず、それでこの…

美味しいものを食べる瞬間は幸せを感じます。それがまた、美しい器に盛り付けられているとなると一層のことです。 土岐市の駄知町は昔から美濃焼の産地であり、近隣の下石町とならべて「駄知の…

今はガスがまになりましたが 5,60年前までは登り窯で土鍋と 土瓶を作っていたそうです。 ここ数年、土鍋で炊くご飯の美味しさが見直され、百貨店の店頭や通信販売会社の広告でもご飯炊き…

愛知県の瀬戸地方で盛んに作られていた伝統的な赤楽(赤楽といっても楽焼の楽とは火度も釉の種類も異なる)を探し求めて、近年に作られた赤楽の飯茶碗を頼りに瀬戸へ向かった。 赤楽は瀬戸市内…

富山県福岡町での菅笠作りは400年程前、伊勢の国から来た僧が川原に生えている菅を使って日よけの笠を作ったことが始まりと言われています。その後、田植えの時期に使う日よけ用として菅笠作…

杉の皮を漉いた美しい紙が、隠れ里のような静かな山中で作られていました。「能登仁行和紙」の杉皮紙です。紙に漉かれて純度を増した杉皮の自然な色合い。雑物を流し去った素材の深み。壁に貼っ…

「コツラソウケ※を見て、自分でも編めればいいな、とずっと思っとった」 いつの間にかコツラ細工でいっぱいになった作業部屋の中で、又喜幸さん(84)は言いました。

200年以上の歴史をもつ加賀雁皮紙。それを今に伝えるただ一軒の紙漉「加藤和紙」は、たゆまぬ工夫で新たな加工製品を創出し、時流のなかで果敢に挑戦し続ける工房でもあります。なかでも、柿…

唐津焼と言えば、日常に用いられる器とは区別されて、一般には茶道具などの美術陶器を想い起こす焼物といえるでしょう。唐津市周辺には、茶陶唐津の伝統を受け継いで作陶に励む、数多くの作家の…

読谷村のやちむんの里から少し離れ、東シナ海を一望できる丘陵地にその窯はある。未舗装の道路、案内看板があるわけでもない。むしろ、外からの侵入を阻む様に登り窯は築かれている。近ごろは観…

私にとって沖縄は25年ぶりの訪問になるでしょうか。ところが、空港を出てその寒さにびっくり。薄手しか用意してこなかったことを反省しつつ、モノレールに乗り込みました。 今回の沖縄調査は…

かつて、九州は竹細工の盛んなことで知られていました。なかでも温泉地として有名な別府は、江戸期より全国にその名を馳せてきました。
先日行われた秋月フォーラム。その際初めて行く事が出来た小鹿田皿山。そこで手に入れた逸品を紹介します。
インドの西部、ラジャスタン地方は乾燥した砂漠地帯に近く極端に雨が少ない地域のため、ため池や灌漑用水が多く、この地域の人々にとって水は大切なライフラインです。 インドの中でも一番大き…
手仕事は、美しい自然と人とのつながり、地域社会の歴史と風土、そして長年の技術的伝統から生まれます。しかし、こうした本来の手仕事を取り巻く環境は、大量消費社会が生み出した今日の環境問…
第8回手仕事フォーラムは、富山県南砺市の大福寺「不二門」の落慶を祝い、2004年12月11、12日に大福寺で開催しました。
2005年5月、手仕事フォーラムのメンバーは近畿、北陸、関東各地から長野県松本市に集合。1泊2日の日程で市内各所を巡り、松本ならではの手仕事の現場を見るなど、さまざまな角度から手仕…
日本の伝統家具を代表する松本民芸家具の創設に関わった一人に、荻原小太郎さんがいます。現在は松本市内で奥様と静かな生活を楽しんでおられのですが、その素敵なご自宅を訪ねることができまし…
徳運寺は、松本市内から美ヶ原へと向かう街道筋から少し入った山裾にあります。 山門を入ると、緩やかな孤を描くむくり(起り)のついた本堂の大屋根がやさしく来客を迎えてくれます。 本堂に…
突然ですが、食べ物が目的で引越しをしたことってありますか? 僕はあるんです。 松本に大久保醸造店というお醤油屋さんがあるのですが、僕はそこの「本造り甘露醤油」の大ファン。だけれど、…
■高林山願正寺。浄土真宗本願寺派。本尊は木造阿弥陀如来立像。
9月9日(金)~12日(月)の4日間、鳥取市青谷町山根の願正寺で「鳥取・願正寺手仕事フォーラム」開かれました。幸い、会期中は台風一過の晴天に恵まれて、多くの参加者と想像以上の成果を…
手仕事フォーラムメンバーや裂織りの織り手が参加した公開シンポジウムの記録を基に再構成したダイジェストを掲載します。全記録は『SILTA』10号に採録しますのでご購読ください。
手仕事逸品展は、今つくられている手仕事の中から私がこれならと推薦できる優れたもの、通常店に並べる製品の中から出来上がりの良いものとかを集めました。 大ざっぱに話をしていきますが、ま…
紅型は型紙を使った染め物で、藍染の唐草と同じ型染の一つだ。型染は日本で特に発達した染色技術で、布に型紙を使って糊を置き、糊が乾いたら藍で染めると藍色の地に模様が白く染め抜かれる。こ…
2月の手仕事フォーラムの「沖縄の旅」を終了して、反省会と勉強会を兼ねて沖縄の陶器について、今回はもやい工藝の展示品や私蔵の古作などを参考にしながら話していきたい。
紅型(ビンガタ)は型染の一つで、型染は型紙を使った染め物のこと。紅型という言葉は意外と新しいと言われていて、芹沢銈介も言っているが、元々はカタチキと呼ばれていた。型染では、布に型紙…
手仕事フォーラムの集まりでは今まで、改まった勉強会のようなものはしていなかった。最近各地で私たちの活動が知られてきていることを感じ、この機会に多くのみなさんに具体的な私共の活動を知…
青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島で東北6県といいます。小鹿田焼(大分県)の坂本茂木さんと飲みに行ったとき、「『北の酒場通り』という歌があるけど、いったいどこからが北というんかね?…
青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島で東北6県といいます。小鹿田焼(大分県)の坂本茂木さんと飲みに行ったとき、「『北の酒場通り』という歌があるけど、いったいどこからが北というんかね?…
東北は馬の産地であり、馬を大事にします。「チャグチャグウマッコ」という馬のお祭りのときには、これ以上飾ることはできないんじゃないかというくらい馬を飾りたてます。それは馬にとってはか…
青森、岩手、秋田、山形、宮城、福島で東北6県といいます。小鹿田焼(大分県)の坂本茂木さんと飲みに行ったとき、「『北の酒場通り』という歌があるけど、いったいどこからが北というんかね?…
この勉強会は、モノのおもしろさに興味をもってもらいたい、モノができていく過程を通して、さまざまなつくり手たちの方針や方向を身近に感じてもらいたいという主旨でやってきましたが、そろそ…
今日は小鹿田の老陶工の話をしますが、彼らがいかに技術的に優れているか、伝統とは何なのか、ものを見る視点、どうしてわれわれがこういうものに打たれるのか。そういうことを理解し、できれば…
大橋:今日は僕が久野さんをいじめないといけない役割らしいんだけど、特にそんなことはないです。 僕は別に民藝が好きでやってるわけでも何でもないんだけど(笑)、民藝にかかわることになっ…
2、3年着て身体になじんだころにさらに美しさを増す、といわれる郡上紬。女と生まれたからには着てみたい着こなしてみたい気持ちはやまやまですが、何かを少しがまんすれば手に入るというもの…
仙台フォーラム「稲と手」の熱気がまだおさまらぬ10月29日(水)に 福島市教育委員会の主催にて久野恵一さんのお話し会が福島市民家園にて開催されました。
仙台フォーラム「稲と手」の熱気がまだおさまらぬ10月29日(水)に 福島市教育委員会の主催にて久野恵一さんのお話し会が福島市民家園にて開催されました。
尾山台「手しごと」での1回目の勉強会(1/16)のテーマは“馬”でした。
“筒描染”、“絞り染”に続き、今回は“型染”について。
私は、技法が持つ“技術的制約”から生み出される美しさに関する話。そして、藍染を主とした庶民の布と、紅型や初期友禅といった上流階級が使っていた特別な布とに共通…
http://blog.teshigoto.jp/?eid=866352
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